振り向いたイレーネは声をかけてきた青年をじっくり見た……のには訳があった。

(あら? この方、いつの間に現れたのかしら? それに何処かで見たような顔だわ)

「聞いているのか? 返事くらいしたらどうなんだ?」

青年はイレーネに近付き……近くまで来ると、足を止めた。

「へぇ〜……これは驚いた。随分若くて綺麗な女性じゃないか。一体ここへ何をしに来たんだい? 良い身なりをしているわりに、供をつけてもいないようだし……。もしよければ君の名前を教えてもらえないか?」

イレーネが若く美しい女性だということに気づいた青年は笑みを浮かべる。

「……」

一方のイレーネはじっと青年を見つめている。どこかで見たことのある顔のような気がしてならずに、記憶の糸を辿っていたのである。

(やっぱり、何処かで見たことのある顔だわ……? いつ、何処で見たのかしら……?)

返事もせずに、自分をじっとみつめるイレーネに青年は首を傾げる。

「どうしたんだ? お嬢さん」

そこでようやくイレーネは口を開いた。しかも、思いきり勘違いさせるような口ぶりで。

「あの、私達……どこかでお会いしたことありませんか?」

「え……?」

青年は戸惑いの表情を浮かべ……次の瞬間、満面の笑みを浮かべる。

「これは驚いたな! まさか君のように美しい女性から口説かれるとは!」

「え? 口説く?」

イレーネは自分の発した言葉が、まさか青年にとっての口説き文句になるとは思わなかった。しかし、今の言葉で青年が上機嫌になったのは言うまでもない。

「生憎、会うのは初めてだよ。君のような美人、一度会ったら忘れるはずはないからね。……そうだ、まずは自己紹介しよう。俺の名前はゲオルグ・マイスター。この城はマイスター伯爵家が所有する城の一つで、いずれは俺が当主の座を引き継ぐ予定になっているのさ。今日は当主に呼ばれていて、これから会いに行くのだが、その前に自分が好きな場所を訪れていたんだよ」

青年……ゲオルグはイレーネが何者か知らないので得意げに語る。
一方のイレーネは青年の話を聞きながら、目まぐるしく頭を働かせていた。

(ゲオルグ……。そうだわ、何処かで見たことがある顔だと思ったら、ルシアン様によく似ていたのだわ。つまり、この方と次期当主の座を競い合っているというわけね。私がルシアン様と関係があることが知られたらどうなるのかしら?)

しかし、イレーネにはその先が思いつかなかった。

「さ、今俺は自己紹介したのだから今度は君の番だ。まずは名前を教えてくれないか?」

イレーネには名案が浮かばなかった……。そこで正直に告げることにした。

「初めまして。私はイレーネ・シエラと申します。この度、ルシアン様の婚約者となりました。そこで現当主さまでいらっしゃるジェームズ・マイスター伯爵様に御挨拶に伺い、現在お城に滞在中です。今日はこちらのお城見学に参りました。どうぞよろしくお願い致します。ゲオルグ様」

そして、笑みを浮かべてゲオルグを見つめる。

「え……? な、な、何だって……!!」

当然、ゲオルグの顔が顔面蒼白になったのは……言うまでも無かった――