「え……? リカルド様にですか?」

いきなり、この屋敷の執事であるリカルドの名前が見知らぬ女性の口から出てきたのでフットマンは困惑した。

一方のイレーネも自分の言葉足らずなことは自覚していた。ただ、彼女がこのような言い方をしたのには理由があったのだ。
それは募集要項の中に、リカルド・エイデンと言う人物以外に求人の件で来訪した旨を説明しないようにと記されていたからだ。口が固く、秘密は必ず保持するイレーネらしい行動だった。

「平日の十時から十七時までの間でしたら、お会い出来るということで伺ったのですがリカルド・エイデン様はおいででしょうか?」

イレーネは丁寧にもう一度尋ねた。

「……」

年若い令嬢を不躾に見るのは失礼かと思ったが、フットマンはイレーネをじっくり観察した。

(この女性……あまり良い身なりはしていないけれど、佇まいや話し方には品がある。それに時間指定までしてきているし、何よりリカルド様のフルネームを知っている……そう言えば、以前にも何人か女性が尋ねてきたことがあったようだと他の仲間からも聞いているしな……)

以前にも、リカルドを訪ねて何人か女性がこの屋敷を訪ねてきたことは聞いていた。
とりあえず、屋敷の中に招いた後でリカルドの判断を仰ごうと決めた。

「それでは確認してみますので、どうぞこちらへ」

まさか、それだけで受け入れてくれるとは思ってもいなかったイレーネは嬉しさのあまりに笑みを浮かべた。

「本当ですか? ありがとうございます」

「いえ、ではどうぞこちらへ」

「恐れ入ります」

そしてイレーネはフットマンに案内されて屋敷の中へ招かれた。


(すごい……内装もとても立派なお屋敷だわ。ここで働けたらどんなにかいいのに)

フットマンの後ろを歩くイレーネはそっと辺を伺いながら思った。本当は色々質問したいのだが、自分がこの屋敷へ来た理由をうっかりしゃべってしまいかねない。
そこでおとなしく案内され、応接間に通された。

「申し訳ございません。こちらで少々お待ちいただけますか?」

「はい、待たせていただきます。お忙しいところ、案内していただき感謝いたします」

ニコニコ笑いながらイレーネはフットマンに感謝の言葉を述べた。

「いえ、それでは失礼いたします」

フットマンもイレーネにつられ、丁寧に挨拶すると応接間を出た。


―――パタン

「一体、あの女性は誰だろう……? 感じも良かったし、何より綺麗な人だったな……ハッ! まさか、リカルド様と恋仲の関係……? た、大変だ! こうしてはいられない!」

すっかり勘違いしたフットマンは大慌てで、リカルドがいる倉庫へ走った。

一方のイレーネもこの後自分の身にふりかかる出来事を知る由も無かった――