夕食会終了後、マイスター伯爵がイレーネに声をかけた。

「イレーネ嬢、今日は疲れただろう。私はまだルシアンに用があるから、先に部屋に戻るといい」

「はい、分かりました。では伯爵様、ルシアン様。お先に失礼いたします」

イレーネは挨拶をすると、立ち上がった。

「部屋の場所は分かるか? 案内は必要か?」

ルシアンが尋ねると首を振るイレーネ。

「大丈夫です。部屋の位置はもう把握しておりますので1人で戻れますわ。それでは失礼いたします」

丁寧に挨拶すると、イレーネはダイニングルームを出て行った。

「ルシアン、お前を何故ここに残したのかは分かっているな?」

室内に2人きりになると、早速マイスター伯爵はルシアンに問いかける。

「……ええ。見当はついています。イレーネのことですよね?」

「そうだ。気立ての良い娘ではないか。それに愛嬌もあるし、賢い。気に入ったよ」

満足そうに頷く伯爵。

「本当ですか? それではイレーネを認めてくれるということですよね? 彼女との結婚を許してくださるのですね」

(やったぞ! イレーネ! 祖父が認めてくれた!)

ルシアンは小躍りしたくなるほどの高揚感を抑え、身を乗り出す。

「ああ、だが結婚はまだ認めない」

「はい!? 何ですって! 今、イレーネのことが気に入ったと仰ったではありませんか!」

祖父の矛盾する話に、興奮したルシアンは立ち上がってしまった。

「落ち着け、ルシアン。席に座れ」

「はい……」

ルシアンは渋々席に座る。

「いいか? 認めないと言ったのは、別に結婚を反対するために言ったのではない。……本当にお前がイレーネ譲と結婚を考えているのであればな?」

まるで見透かしたかのような目でじろりとルシアンを見る伯爵。

「何を言っているのですか? 結婚を考えているに決まっているじゃないですか? お祖父様だって先程イレーネのことを褒めていたではありませんか。彼女の様な女性は他にいませんよ」

「うむ……その気持に嘘は無いのだな?」

難しい顔で伯爵はルシアンに問いかける。

「ええ、嘘などついておりません」

(そうだ、次の当主になるためには結婚するしかないからな。それにイレーネの様な女性は他にいないのだって確かだ。嘘などついているものか!)

ルシアンは心の中で言い訳をしながら返事をした。

「お前の気持ちは分かった。つまり、本気でイレーネ譲との結婚したいのだな?」

「勿論です」

「だが、紹介していきなり結婚というのはいくら何でも性急過ぎる」

「ですが……」

「イレーネ嬢なら信じても良いだろうが……何しろお前には失敗した前例があるからな。……だが、あれは相手にも問題があった」

「う……」

過去の話を持ち出され、ルシアンは唇を噛みしめる。

「とりあえず1年程の婚約期間を設け、様子を見させてもらうことにしよう」

「え!? 1年の婚約期間!?」

その言葉にルシアンは焦った。

(そんな! イレーネとの契約は1年と決めていたのに……これでは俺の時期当主の話はどうなってしまうんだ? 契約を延長しなければならないのだろうか……)

ルシアンの焦りをよそに、伯爵はゆっくり語る。

「婚約期間1年の間に様々な場に彼女を連れていくのだ。貴族の集まりや取引先とのパーティなどに連れていき、イレーネ嬢を婚約者だと紹介して回ればいい。周囲の評判も重要だからな。何しろ次の当主の妻になるのだから」

「え? そ、それでは……」

「ああ。とりあえず……仮ではあるが、ルシアン。お前を次の後継者と認めよう。ゲオルグの奴は相変わらずフラフラしておるからな」

「ありがとうございます! お祖父様!」

自分が次の後継者と認められたことが嬉しく、ルシアンは笑顔になった。

「だが、ルシアン。忘れるな、まだ自分は仮の後継者であるということをな。次の当主に相応しいのは自分だということを周囲に認めてもらうように、せいぜい頑張るといい」

「はい。頑張ります!」

ルシアンは力強く返事をした――


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 ルシアンがダイニングルームを出て行った後も、伯爵は1人残ってワインを傾けていた。

「コルト産のワイン……それに、若い頃ワインを作っていた……か……」

口の中で小さく呟く伯爵。

「なる程な……どうりで何処か懐かしさを感じたわけだ」

そしてワインを口にすると、満足そうに笑みを浮かべた――