あれから数日が経過し……週末を迎えた。

「それでは皆、俺とイレーネは数日の間留守をする。屋敷のことは任せたぞ。何かあればリカルドに話を通しておくように」

ルシアンは馬車の前まで見送りに集まった使用人たちを見渡した。

「ルシアン様、イレーネ様。留守の間はどうぞ私にお任せ下さい」

リカルドが恭しく頭を下げる。

「うむ、頼んだぞ」

すると次にメイド長が進み出てきた。

「イレーネ様、本当にメイドを連れて行かなくて良いのですか?」

「えぇと……それは……」

イレーネが口を開きかけた時。

「あぁ、メイドは連れて行かない。『ヴァルト』にはメイドも沢山いるからな。2人だけで行く」

ルシアンはできるだけ、使用人を連れて行きたくはなかった。何故なら車内で色々と打ち合わせをしておきたかったからだ。
使用人たちが一緒では、込み入った話もすることが出来ない。

しかし……。
ルシアンの言葉を他の使用人たちはリカルドを除いて、別の意味で捉えていた。

『ルシアン様はイレーネ様と2人きりで誰にも邪魔されずに外出したいに違いない』



「よし、汽車の時間もあることだし……そろそろ行こうか? イレーネ」

「はい、ルシアン様」

笑みを浮かべて返事をするイレーネ。

こうして2人は大勢の使用人たちに見送られながら屋敷を後にした――


****


「イレーネ。もう一度状況を確認しておこう」

馬車に乗ると、神妙な顔つきでルシアンはイレーネに話を始めた。

「はい、ルシアン様」

「まず、俺とイレーネの出会いだが……」

「はい。祖父を病で亡くし、天涯孤独になった私は仕事を求めて大都市『デリア』にやってきました」

「そこで道に迷って困り果てていた君に俺が声をかけた」

ルシアンが後に続く。

「それが出会いのきっかけとなりました」

「そう。その後2人は意気投合し……やがて互いに惹かれ合って、婚約する話に至った……これでいくからな」

「はい、分かりました。大丈夫です、お任せ下さい。概ね、話の内容は間違えてはおりませんから。立派にルシアン様の婚約者を演じてみせますね。御安心下さい」

「ああ、そうだ。よろしく頼むぞ。祖父に気に入られたら、君に臨時ボーナスを支払おう」

すると、その言葉にイレーネの目が輝く。

「本当ですか!? それではますます気合を入れて頑張りますね? よろしくお願いいたします」

何とも頼もしい返事をするイレーネ。

「ま、まぁ程々に頑張ってくれればいいからな」

(まぁ、祖父の狙いは俺の結婚だ。余程の相手ではない限り、大抵の女性なら認めてくれるだろう……。イレーネは幸いなことに、年寄の相手は慣れているからな……多分大丈夫だろう)

「はい。それでは程々に頑張りますね? 

汽車の窓から外の景色を楽しげに眺めているイレーネを見つめながらルシアンは思うのだった。

イレーネが楽天家で良かった――と。