「そういえば買い物に気を取られていてお昼のことを忘れていたな。もう14時を回っている」

ルシアンは腕時計を見た。

「まぁ、14時を過ぎていたのですね? 買い物が楽しくて、すっかり時間を忘れていましたわ」

「そうか? そんなに楽しかったのか?」

イレーネの言葉にまんざらでもなさそうにルシアンが頷く。

「はい、『コルト』に住んでいた頃は洋品店の窓から店内を覗くだけでしたから。実際に買い物をすることなど滅多にありませんでしたので」

「あ、ああ……何だ。そっちのほうか……」

落胆した声でボソリとつぶやくルシアン。

「え? 今何かおっしゃいましたか?」

「いや、何でも無い。それでは少し遅くなってしまったが、何処かで食事でもしていかないか? この通りには様々な店が立ち並んでいるからな」

「はい、そうですね」

そこで2人は馬車から降りると、通りを歩いてみることにした――

**

「ルシアン様、このお店はいかがですか? なかなかの盛況ぶりですよ?」

イレーネが駅前の噴水広場の正面にある店の前で足を止めた。

「……あ。この店は……」

ルシアンは店をじっと見つめる。

「どうかしましたか? このお店のこと御存知なのですか?」

「ああ……知っている。ここは開業してまだ5年目程の料理屋なのだが、元王宮料理人が開いた店で貴族達の間で人気の店なんだ」

「まぁ。そんなに有名なお店だったのですか」

「そうだ。……以前は俺も良くこの店に通っていたのだが……」

そこでルシアンは言葉を切る。

「どうかされましたか? ルシアン様」

「い、いや。何でも無い」

首を振るルシアン。

(そうだ、あれからもう4年も経過しているんだ。……多分大丈夫だろう)

ルシアンは頭の中を整理すると、再びイレーネに声をかけた。

「それでは……この店にしてみるか?」

「はい、そうしましょう」

笑顔で答えるイレーネ。
そこで店の中へ入ると、すぐに笑顔のウェイターが現れて2人を窓際のボックス席へ案内をした。


「イレーネ、どれでも遠慮せずに好きな料理を頼むといい」

メニューをじっと見つめているイレーネにルシアンは声をかけた。

「ありがとうございます。まあ……どれも美味しそう」

(随分楽しそうだな……)

楽しそうにメニューを選んでいるイレーネを見ていると、ルシアンはまるでこれが本当のデートのように思えてきた。

「う〜ん……これだけ沢山のお料理があると迷ってしまいますね」

「だとしたらレディースセットにしてみるか?」

「そうですね。それが良さそうです」

「よし、では……そこの君。注文を頼む」

ルシアンは近くに待機しているウェイターに声をかけた。

「はい、お客様」

ウェイターは近くに来ると笑顔で返事をする。

「本日のお薦めと、レディースセットを頼む」

「かしこまりました。……ところでもしや……お客様、マイスター伯爵様でいらっしゃいませんか?」

「そうだが……?」

「やはり、そうだったのですね? 何処かでお見受けしたお顔だと思っておりましがが……それではこちらの女性はベアトリス様ですね?」

「!」

その言葉に、ルシアンは血の気が引く。しかし、一方のイレーネは気にする素振りもなく首を振る。

「いいえ、私はイレーネと申します」

「あ! こ、これは大変失礼いたしました。で、では少々お待ちください!」

ウェイターは慌てた様子で頭を下げると、逃げるようにその場を去っていった。

気まずい思いをしたルシアンと、呑気なイレーネをその場に残し――