――3日後

ルシアンとリカルドはマイスター家の帰路に着いていた。

「それにしても、以外でしたね。現当主様がすんなりとルシアン様の婚約者の存在をお認めになるとは」

馬車の中でリカルドが楽しげに話している。

「結局、祖父は早く俺を結婚させたかっただけなんだよ。……現に、すぐに婚約者を連れてくるように言ったじゃないか。虚言だと疑っているのかもしれない」

不貞腐れた様子で窓の外を眺めるルシアン。

「う〜ん……そうでしょうか……イレーネさんの身上書もお持ちしたのに……写真もつければ信用して頂けたのでしょうか?」

「だが写真は現像に時間がかかる。どうせ、遅かれ早かれ祖父に紹介しなければならないんだ。とりあえず、祖父はイレーネを認めたということだ。彼女にそのことを報告し、今度は2人で『ヴァルト』に行く」

すると、その言葉にリカルドが目を輝かせる。

「2人きりで『ヴァルト』に行くということですね? まるで婚前旅行みたいで素敵ですね〜最近は結婚前のカップルが2人だけで旅行をするというのが流行らしく……え? あ、あの〜……」

ルシアンが恨めしい目つきで自分を睨んでいることに気づいたリカルドの言葉が尻すぼみになる。

「リカルド……」

ハァとため息をつくルシアン。

「は、はい。何でしょうか?」

「お前は一体何を考えているんだ? 俺と彼女はあくまで1年だけ夫婦を演じるとい契約を結んだだけの関係。それを何が婚前旅行だ。……全く、能天気だな。こちらはイレーネが祖父の前で何か失態をおかしたりしないか、今から不安でたまらないというのに……」

「……そんなに心配でしたら、早々にイレーネさんにはお断りして次の方を探せばよろしかったのでは?」

「……」

恐る恐るリカルドは口にするも、ルシアンは無言を通す。

(やはり……本当はイレーネさんのことを心の何処かで気に入られているのではないだろうか?)

しかし、リカルドの考えとは裏腹にルシアンは別のことを考えていた。

(彼女は貴族令嬢ながら、今まで散々貧しい生活に苦労してきた人生を歩んできた。1年間位、俺の妻として何不自由ない暮らしを与えてやりたい。何しろ、この結婚で俺は彼女の人生を狂わせてしまうことになるかもしれないのだから)

勿論、リカルドはルシアンの心の内も知らず……勝手に妄想を広げていくのだった。


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「お帰りなさいませ、ルシアン様」

ルシアンが屋敷に戻った知らせを受けたイレーネが書斎に現れた。

「ああ。とりあえず掛けてくれ」

自分の向かい側のソファを勧めるルシアン。

「はい、では失礼いたします」

「それで? 俺の不在中は大人しくしていたか?」

ソファに腰掛けたイレーネにまるで子供に諭すかのように質問を投げかける。

「はい。この3日間、ルシアン様に言われた通り屋敷から一歩も出ませんでした。お陰で大分洋裁作業が進みましたわ」

「あ、ああ……そうか。それなら良かった」

安堵のため息を付き、背もたれに寄りかかるルシアン。

「あ……でも、一つ良い報告があります」

「良い報告……? 一体それは何だ?」

「はい。私、お友達が出来ました。しかもお相手はブリジット様です」

「な……何だって〜!!」

ルシアンが驚いたのは言うまでもなかった――