「もう……帰るわ。お茶もお菓子も頂いたし」

これ以上話をしても埒が明かないと判断したブリジットは立ち上がった。

「まぁ、もうお帰りになるのですか? もしよろしければ、私の部屋に寄っていかれませんか?」

「はぁ!? な、何で私があなたの部屋に行かなければいけないのよ!」

キッとイレーネを睨みつける。

「いえ、もしよろしければ私と友達になっていただければと思いましたので」

「冗談じゃないわよ! どうして私があなたと友達になれるっていうのよ! ふざけないでちょうだい!」

怒りを爆発させるブリジットに、イレーネはハッと気づく。

(そうだったわ、私は1年間のお飾り妻。来年にはここを去っているのだから、お友達になってもらうのは図々しいお願い。第一、それではブリジット様に失礼だわ)

「これは大変出過ぎたことを口にしてしまいました。どうぞ、今の話はお忘れ下さい。何しろこの町に出てきたばかりですので、親しい友人もおりませんでした。そこでつい同世代のブリジット様とお友達になりたく思い、図々しいお願いをしてしまいました。申し訳ございません」

そして深々と頭を下げる。

「え……? ちょ、ちょっと……」

あまりにも突然態度が変わったことでブリジットは焦った。イレーネの心の内も知らずに。

(もしかして、私……強く言いすぎてしまったかしら!?)

「もし、今度何処かでお会いしても、もう二度と今の様な図々しい願い事はいたしません。大変申し訳ございませんでした」

「な、何もそこまで謝らなくたっていいわよ! 別に気にしていないから!」

気が強いブリジットではあるが、彼女はそれほど性悪な女性ではなかったのだ。

「本当ですか!?」

途端にイレーネの顔に笑みが浮かぶ。

「そ、そうね……ど、どうしても友達になってもらいたいって言うなら……月に1度位は会ってあげてもいいわ。私だって、何もそこまで了見の狭い女じゃないし」

「え? で、でも……よろしいのですか?」

「だからいいって言ってるでしょう!? きょ、今日は部屋に寄ることは出来ないけど……気が向けば招待状位……送ってあげるわよ!」

「ありがとうございます! ブリジット様!」

イレーネは嬉しさのあまり、立ち上がるとブリジットの手を両手でギュッと握りしめた。

「え!? きゃあ! な、何するのよ!」

慌てて手を振り払うブリジット。

「あ……申し訳ございません。つい、嬉しくて……」

頬を赤らめて俯くイレーネは同性のブリジットから見ても愛らしく感じた。

(そうなのね……きっと、ルシアン様は彼女のような女性が好みだったのね……当主に彼女との結婚の許しを貰いに出向く程なのだから……もう私の出る幕ではないってことね。ここは悔しいけど……)

「い、いいわ。もう分かったから。それじゃ……私は帰るわ」

立ち上がるブリジットにイレーネは声をかけた。

「それではお見送りをさせて下さい」

「いいのよ、ひとりで帰るから見送りは結構よ」

気位の高いブリジットは迎えの馬車が既に帰っていることを知られたくなかった。

「……そうですか?」

「ええ。それではルシアン様によろしくと伝えておいて頂戴」

ブリジットはそれだけ告げると、颯爽とした足取りで応接室を出ていった。


「……ブリジット様。随分早くお帰りになってしまったのね……」

部屋に1人残されたイレーネはカップに紅茶を注ぐと、コクリと飲む。

「フフ、やっぱりこの紅茶は美味しいわ……」


その時――

『イレーネ様!!』

数人の使用人たちが応接室になだれ込んできた。その中にはアナやメイド長、それに第二執事ハンスの姿もある。

「どうしたの? 皆さん、お揃いで」

キョトンとした顔のイレーネに使用人たちは興奮した様子で次々と話しかけてきた。

「お見事でした!! イレーネ様! まさかあのブリジット様をやりこめるなんて! 何て頼もしい方なのでしょう!」

「だから、言っただろう? イレーネ様に対応していただくのが一番だって」

「やっぱり、ルシアン様が選んだだけのお方だけあるわねぇ」

「イレーネ様! 私、一生イレーネ様についていきます!」

けれど、イレーネは首を傾げるばかりだ。

「良く分からないけれど……皆さんが喜んでくれて私も嬉しいわ」

イレーネはクッキーを口に運び、笑みを浮かべた――