「ブ、ブリジット様。ほ、本日はどのような御用向きでこちらにいらっしゃったのでしょうか?」

本日、ドアマンを勤めるフットマンがビクビクしながら作り笑いを浮かべる。

「どのようなですって? そんなことは決まっているじゃない。ルシアン様に会いに来たのよ」

きつい目をますます吊り上げるブリジット。

「で、ですがルシアン様は本日から出張で不在なのですが……」

「そんな嘘、通用するとでも思っているの? 今日こそ会ってもらうまで絶対に帰らないわよ! そんなことよりいつまで客をエントランスに立たせておくつもり? 早く部屋に通しなさい!」

我儘伯爵令嬢、ブリジットは強気な態度を崩さない。

「か、かしこまりました……」

弱気なフットマンは心の中で泣きながら、しかたなくブリジットを応接間に案内することにしたのだった――


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「何故、ブリジット様を居間に通してしまったんだ!?」

リカルド不在の間、筆頭執事を努めることになった第二執事ハンスの声が詰め所に響き渡る。

「そ、そんなことを言われても、相手はあのブリジット様ですよ? 断れるはずないじゃないですか!」

半泣きになるフットマン。

「全く……! 一体どうすればいいんだ? あの様子ではテコでも動かないだろうな……」

事前にブリジットがいる部屋の様子を確認していたハンスは困ったように腕を組む。

「それにしても、何故ブリジット様はルシアン様に会いにいらしたのかしら? もうイレーネ様という婚約者がいるのに……」

メイド長がため息をつく。

「それだ!」

ハンスがパチンと指を鳴らす。

「何がそれなんですか?」

別のフットマンが尋ねる。

「イレーネ様だよ。ルシアン様がいない今、あの方がこの屋敷の主人と考えてもおかしくないだろう? おまけに相手はルシアン様に想いを寄せているブリジット様だ。この際、イレーネ様に対応していただくのが一番じゃないか?」

「なるほど! 言われてみればそうですね!」

半泣きだったフットマンが手を叩く。

「でも……大丈夫なのかしら……あの方は時々、大胆な行動を取られるから……」

メイド長の顔に不安げな表情が浮かぶ。

「だから、なおさらいいんじゃないですか。この際、イレーネ様がブリジット様にはっきり告げればいいんですよ。『ルシアン様は私の婚約者なので、もうまとわりつくのは金輪際、やめていただけませんか?』という具合に」

妙に演技がかった口調でハンスが周囲を見渡す。

「はい! ではイレーネ様を呼びに行く係を私にさせて下さい! 本日は一応、私がイレーネ様の専属メイドになっておりますので!」

元気よく手を上げるのは、現在17才の新人メイドのアナだ。

「よし、アナ。それではイレーネ様に伝えてブリジット様のいる居間へ案内してさしあげろ。その間、我々は最高の茶葉とお茶菓子を用意するのだ!」

『はい!』

ハンスの呼びかけに、詰め所に集合した使用人たちが一斉に頷いた――