「あの……警察の方が、何故こちらに? もしかしてリカルドが何かやらかしたのですか?

ルシアンは何故警察官が屋敷に現れたのか理由が分からずに尋ねた。

「ルシアン様! それは一体どういう意味でしょう!?」

憤慨するリカルド。
するとケヴィンが説明した。

「いえ、こちらの方とは以前に一度だけお会いしたことがあるのですよ。てっきり不審人物かと思い、職務質問をしてしまったのです」

「何? リカルド。お前、やはり何かやったのだな?」

「何もしておりません! 一体ルシアン様はどういう目で私のことを見られているのですか!?」

「アハハハ……。これはすみません。僕の説明の仕方が悪かったようです。実は、今から10日程前ですが、駅前で足を怪我してしまった女性がいましてね。それでその方を御自宅までお送りしたことがあるのです。その後、足の怪我の様子が心配で様子を見に伺ったときに……こちらの方が木の陰から覗いていたので声をかけた次第です」

「え……? まさか、その女性とは……」

ルシアンは隣に立っているリカルドの方を向く。

「は、はい……イ、イレーネさんです……」

顔面蒼白になりながらリカルドは答える。

「リカルド!! 何故黙っていたんだ!! どうしていつもいつもお前は一番肝心なことを隠しておくんだ!」

我慢できずに怒鳴るルシアン。

「それはイレーネさんがルシアン様に心配かけさせたくないので、黙っていてくださいとお願いしてきたからですよ!」

リカルドはたまらず、大声で答える。

「え? 何だって……? イレーネが……そう、言ったのか?」

呆然とするルシアンの様子を黙って見守るケヴィン。
やがて、ポケットから白いハンカチを取り出すとルシアンに差し出した。

「こちらはイレーネさんの忘れ物です」

ルシアンはハンカチを受け取り、広げた。するとハンカチには確かにイレーネの名前が刺繍されている。

「え!? な、何故……警察の方がイレーネのハンカチを?」

「はい、イレーネさんが僕の家にハンカチを忘れていったからです」

笑顔で答えるケヴィン。

「え……?」
「ま、まさか……?」

「レセプションで、行き場を無くしてしまったイレーネさんを我が家に招いたのは僕ですから」

「な、何だって!!」
「そんな!!」

ルシアンとリカルドが同時に驚きの声をあげた。

「イレーネさんを一晩泊めて、翌日家族と一緒に朝食を食べました。その後は家までお連れして、荷物をまとめた彼女を駅まで案内させていただいたのです」

2人の驚きをよそに、一気に説明するケヴィン。すっかりルシアンは頭が混乱していた。勿論リカルドも。

「ちょ、ちょっと待って下さい。つまり、あなたはイレーネと知り合いだったということですか?」

「ええ、そうです。出会ったのは4ヶ月前です。イレーネさんはマイスター家へ行く道を交番に尋ねに来たのです。それで僕がこちらまで送らせて頂きました。それが僕と彼女との初めての出会いです」

その言い方が何となく気に入らなかったルシアン。

「こちらまで連れてきたのですか? 警察の方がわざわざ仕事中に?」

「はい、そうです。理由はとてもチャーミングな方だったのでお知り合いになりたかったからです」

「「はぁ!?」」

あまりにも堂々と話すケヴィンに驚く2人。

「他にも色々な場面でイレーネさんとは会いましたね……そしていつしか彼女に好意を寄せるようになっていました」

「い、一体……あなたは先程から何を仰っているのです? いいですか? 彼女は……」

「あなたの婚約者なのですよね? 一緒にレセプション会場にやってきたのに、途中ではぐれてしまい……そしてイレーネさんはあなたと歌姫が一緒にいる現場を目撃しました。たまたま僕もその場にいたのですよ」

「!!」

その言葉にルシアンの肩が跳ねる。

「イレーネさんはとてもショックを受けていました。そして帰ると言い出したのです。ですがとてもひとりで帰れるようには見えませんでした。そこで僕が送りますと声をかけたのです。すると彼女は駅前まで送って欲しいと言ったのですよ? 理由を聞いたらホテルに宿泊するつもりだとおっしゃいました」

「ホテル……」

イレーネがこの屋敷に戻るつもりが無かった事実を改めて知り、ルシアンの胸は痛だんだ。

「イレーネさん……」

俯くルシアンとリカルド。

「なので僕の屋敷に招いたのです。これでも僕も伯爵家の人間で、部屋もありましたので。後は、最初にお話したとおりです」

「……お巡りさん」

ルシアンが躊躇いがちに声をかけた。

「はい、何でしょう」

「駅までイレーネを案内したと先程言いましたよね?」

「ええ」

「イレーネは何と言っていましたか?」

「故郷に帰ると話していました。待ってる人がいるそうなので」

その言葉は再びルシアンとリカルドに衝撃を与えた。

「何だって!? 待ってる人だって! そんな相手がいたのか!?」

「そんな……! イレーネさん! あなたはどこまでミステリアスな女性なのです!」

混乱する2人を見ながら、ケヴィンが声をかけた。

「僕の用は終わりましたので、帰らせて頂きますね。まだ仕事中なので」

ケヴィンは止めてある自転車にまたがると、思い出したように付け足した。

「あ、そうそう。ついでにイレーネさんに告白しました。彼女が何と返事をしたかは御本人に聞いて下さい」

「「はぁ!? 告白!?」」

再びルシアンとリカルドが同時に声をあげる。

「それでは失礼します」

爆弾発言をしたケヴィンは、笑顔で自転車に乗って去って行った。

激しく混乱するルシアンとリカルドをその場に残して――