メイズの話を聞いて。それでやはり、彼に対する感情がどう変わったわけでもない。強いて言うなら、より強固に彼を手放さないと誓ったくらいだ。
 とにもかくにも、約束は果たした。奏澄は再び、メイズを伴い昨日と同じ酒場に向かった。僅か一日で現れた二人に不審な顔をすることもなく、キッドは二人と向き合った。

「メイズから、過去の事情は聞きました。その上で、あなた方との共闘は問題ないと判断しました。もしメイズが玄武を裏切るような行動を取った時は、私を好きにしていただいて構いません」
「まーた嬢ちゃんはそういうやり方を……いやまぁ、そこはそう簡単に直らねぇか」

 呆れたように言って、キッドは頭をかいた。そしてメイズに視線を移す。

「メイズ。嬢ちゃんは、()()()なんだな?」

 その問いに、メイズは僅かに目を瞠った。奏澄の方は、首を傾げるばかりだ。メイズのことを信頼できるかどうかという話じゃなかったのか。何故奏澄のことを、メイズに訊くのか。

「大丈夫だ。ついている」
「そうか」

 短いそのやり取りが、奏澄にはさっぱりわからなかった。仲間外れにされた気がして、眉を寄せる。

「拗ねるな拗ねるな」

 からからと笑うキッドは、相変わらず奏澄を子ども扱いしているようだ。それに、奏澄はますます脹れて見せた。
 子どもっぽいその仕草に目を細めた後、キッドは一度俯いて、次に顔を上げた時には、玄武の船長の顔をしていた。

「わかった。黒弦を討つための共闘、玄武が請け負う。よろしく頼む、()()()

 力強く呼ばれた名前に、奏澄は身が引き締まる思いだった。

「こちらこそ。よろしくお願いします」

 固く握手を交わして。たんぽぽ海賊団と玄武海賊団の同盟は成った。



 場所が広いため、ブルー・ノーツ号の上甲板に両船の乗組員は集まっていた。

「黒弦の居場所は検討がついている」

 キッドが地図を広げて、それをライアーが覗き込む。

「今の時期なら、ニューラマード島に停泊しているはずだ。すぐ近くの島にギルドがあって、そこへの定期便を襲うために張っている。ニューラマードの役人は黒弦と癒着していて、島に逃げ込まれるとギルドは追及できない」
「そりゃまたこすい手を」
「なかなかどうして、悪知恵が働くんだよなぁ。船長はどちらかと言うと、面倒くさがって力押しするタイプだったんだが。ブレインに仕込まれたのか、余計なことを覚えてくれやがった」

 棘のある言い方に、メイズが視線を逸らした。明言はしていないが、要するに副船長だったメイズがその余計な知恵とやらを付けた、と言いたいのだろう。

「ま、余計な(しがらみ)があんのは役人連中だけだ。オレたちはいざとなればどうとでも動けるが……できるだけぎりぎりまで黒弦には気づかれたくないな」

 考えるように宙を見て、よし、とキッドは頷いた。

「二手に分かれよう。本隊はオレたちの船、ブルー・ノーツ号。なるべく隠密に近づいて、黒弦の船に奇襲をかける。分隊は、コバルト号。オレたちが黒弦を叩いた後で、カスミにとどめだけ頼む。いざとなったらそっちの方が小回りもきくし、自由に動けるようにしておいてもらいたい。あとは玄武の傘下にも声をかけて、周辺に控えておいてもらう。どう動くにせよ、数はいた方がいいからな」

 キッドの提案に、特に異は無いと奏澄は頷いた。

「わかりました。では、ニューラマード島までは、玄武と私たちは別々に行動するということですね」
「んにゃ、違う違う」
「え?」

 手を振るキッドに、奏澄はきょとん、とした。

「本隊の方に主戦力を集める。だから、メイズはこっちに貰う。代わりに、そっちに玄武の乗組員をいくらかやるから」
「え!?」

 これにはメイズも、いや、たんぽぽ海賊団の面々は全員驚愕した。メイズ一人を向こうにやるとは。

「そ、それって、人質」
「人聞きの悪ぃこと言うな! ただの戦力の問題だ! 元黒弦の人間がいた方が奇襲はしやすいだろ」
「でも、一人だけなんてそんな、いじめたりとか」
「だったら他の戦闘員も寄越すか? そっちはそんなにいないだろ。あんまり手薄にしない方がいいんじゃねぇか」

 キッドの言う通りだ。玄武の乗組員を貸すと言っても、たんぽぽ海賊団の戦闘員を渡すのではただの交換だ。それに、自船の戦闘員が減るということは、慣れた仲間が減るということ。コバルト号に戦闘員を残すのは、奏澄の護衛が主たる目的だろう。側に付くなら、慣れた人間の方が良い。
 とどめを刺せるのは奏澄だけ。女王(クイーン)が倒されたらチェックだ。

「俺が了承してないんだが」

 不機嫌を隠しもしないメイズに、キッドは不満そうに眉を上げた。

「お前に決定権無いだろ」
「ある。だいたい、あんた話聞いてたのか」
「なんのだ?」
「ついている、と言っただろう」
「言ったなぁ。でも聞いただけで、別にオレがそれを気にしてやる道理はねぇなぁ」

 メイズは険のある視線をキッドに投げた。受けたキッドは飄々とした態度を崩さない。

「たまにはちょっと離れてみるのもいいもんだぜ」

 その言葉の意味を図りかねたのか、メイズは眉間の皺を深くしただけだった。
 奏澄は二人の顔を見比べながらも、おそるおそるメイズに声をかける。

「一人にするのは心配だけど、確かにキッドさんの言う通りだと思う。悪いんだけど、向こうに協力してあげてくれないかな?」
「だが、お前は」
「私は大丈夫。ラコットさんたちだっているんだし」

 同意を求めるように、少し離れた位置にいるラコットに視線をやると、話はなんとなく聞こえていたのか、任せろというように腕を上げた。

「ね」

 安心させるように微笑んだ奏澄に、メイズはむっつりと黙った後、長く息を吐いた。

「わかった」
「ありがとう」
「ただ今夜は覚えておけよ」
「そういうのはヤダ」

 離れがたいのは奏澄も同じだが、交換条件のように言われるのは嫌だ。そもそも昨日あれだけしたのだから、もうそれで充分じゃないだろうか。
 笑顔で切り捨てた奏澄に、キッドが堪えきれなかったのか吹き出した。

「いや、なるほどな。案外うまいこと手綱を握ってんだな」

 くつくつと笑いを零すキッドを、メイズが苛立たし気に睨んだ。

「んじゃ、出発は明日の朝にしよう。こっちも用意を済ませておく。メイズ、別れを惜しむのはいいが、カスミが起きられる程度にしておけよ」

 キッドの軽口にメイズは答えず、代わりに今度は照れたような顔で奏澄が睨んだ。