「いや、でもあの、付き合うってどういうことですか?」

 頷いては見たものの、言われたことの意味が分からず私は戸惑いを隠せず尋ねた。

「付き合うって、そのままの意味ですよ。幸い俺たちは互いに婚約者もいませんし、恋人もいないでしょう?」

「そ、そうですけど……」

「結婚前に恋人として付き合うのは、庶民では普通であることはご存じでしょう。うちの騎士団でも多いですよ。恋人がいる者は」

 それはもちろん知っている。
 私だって庶民だもの。周りではそれなりに恋人を作って付き合っている人たちはいた。私はそういうことなかったけど。
 適齢期になって、結婚をどうしようかって話になった時にタイミングがあったから、ダニエルとの結婚の話が進んだのよね。
 だから恋人に、とか言われてもなにするのかわかんないしどうしたらいいのかもわからないんだけど?
 でもあんなことをしてしまったみたいだし、断るわけにもいかないしなぁ。
 あーなんで私、何にも思い出せないんだろう。飲み過ぎたからか……そうか……
 あとでクリスティに聞いてみよう。何かわかるかもしれないし。
 そう頭の中で決めて、私はひきつった笑いを浮かべながら頷き言った。

「わ、わかりました。つ、付き合いますからあの、そろそろ顔を離してくださいませんか?」

 じーっと目の前で見つめられたままはちょっときつい。
 私の言葉にアルフォンソ様は、

「わかりました」

 と告げてソファーに戻り、クッキーを摘まんで食べた。

「では、よろしくお願いしますね、パトリシア」

 そう言って笑うアルフォンソ様の笑顔にひきつった笑いを浮かべながら、私はぬるくなったお茶を口にした。



 午後に私はクリスティと会う約束を取り付けて、さっそく手土産を持って訪れた。
 通された場所はお庭にある東屋だった。
 テーブルに淡いピンク色のテーブルクロスがかけられていて、メイドさんがお茶とお菓子を用意してくれた。

「お土産のケーキ、ありがとう。さっそく用意させたんだけど……急にどうしたの、パティ。昨日も会っているのに」

 不思議そうに言い、クリスティは私の向かい側に腰かけた。
 そこにメイドがお茶とケーキをさっと置く。
 ケーキはチョコレートのケーキだ。それにクッキーもたくさん買って家政婦長に預けた。
 
「昨日のことで聞きたいことがあるの」

 そう言った私の顔はきっと必死なものだったんだろう。
 クリスティは驚いた顔をして、ティーカップを手にした。
 メイドたちが下がり私たちふたりきりになったのを確認してから、私は彼女に言った。

「昨日、急に帰ってごめんなさい」

 そして私は頭を下げた。

「あぁ、昨日のことね。パティ、ずい分と酔っていたようだけれど大丈夫だったの?」

 大丈夫じゃない、大丈夫じゃないから聞きたいのよ。

「そうなの、それで聞きたいことがあるんだけど……ねえ私、昨日、アルフォンソ様と話していたと思うんだけど……その後何があったか知ってる……?」

 クリスティの様子をうかがいながら私は言った。
 すると彼女は小さく首をかしげた。

「あぁ、それね。貴方がずい分とお酒を飲んだみたいで、アルフォンソが介抱していてそれで、部屋を貸してほしい、と言い出したの。侍女に面倒を見させると言ったんだけど、アルフォンソが自分で連れて行く、と言いだして。だから侍女に行って、あいているお部屋に案内させたのよ」

「そ、そうなの……そ、それでアルフォンソ様はそのあと……?」

 おそるおそる尋ねると、クリスティはカップを置き、フォークを手にした。

「九時近くでしたかしら。アルフォンソだけが戻ってきて、貴方の事を言われたのよ。帰ったみたいだって言って。なんだか楽しそうに笑っていて。ほら、パーティーの最中はずっと落ち込んでいらしたから心配していたんだけど、ちょっとは気が晴れたのかと思っていたのだけれど、彼と何かありましたの?」

 何かあっただろうか。
 たぶん何かあったのよ。でもそんなの言えるわけがない。
 私は必死に首を横に振った。

「な、何でもないわよ。ただ、気になったから確認したくて……」

「そう、ならいけど。パティ、アルフォンソと話している間、とても楽しそうでしたわよ?」

 そう、だったのかな。あんまり思い出せないのよね。ただ、すごく絡んだ、とは思うのよ。
 しかも彼とあんなことするなんて私、そうとう酔っていた、ということよね。あー、どうしよう私。
 さすがに何があったのかなんて言えないから、私はただ苦笑いをしてケーキを食べるためにフォークを手に持つ。
 ケーキ、おいしいなぁ……
 
「アルフォンソは、この辺りでは珍しい見た目をしていますでしょう? ご家族が全員金髪なのに、彼だけが黒髪で褐色の肌で。昔からいろんな人にいろんなことを言われたみたいなの。不倫で生まれたとか、拾われた子だとか」

 人々は無責任な噂を口にしてそれを広めていく。
 それが娯楽の一部だし仕方ない面があるのはわかる。私だって色んな噂を耳にしたし、聞いた話を誰かに喋っていたもの。
 私、もうそんな噂流すのやめよう。そしてしばらくパーティーには行かないで旅に出ようそうしよう。
 暇だと色んなこと考えてしまうから、お仕事探そうかな……
 女性の社会進出が進んでいて、働く女性は増えている。
 公共施設は特に多いし、結婚や出産を機に辞める人多いから、定期的に募集、出るのよねぇ。
 まず温泉地で一ヶ月休むとして。
 その手配もしなくちゃな……

「ほんと、どうしようもない噂を流す人、多いわね」

 呆れつつ言うと、クリスティは苦笑する。

「そうねぇ。昨日のパーティーも、貴方やアルフォンソのことを話す方が多かったみたいだし。私も興味津々、といった様子の人たちに聞かれたわ。何があったのか詳しく聞いてないかって」

 あー、そうなるのね。
 人の不幸は楽しいものね。

「確かに、私も色々と声を掛けられたわ。『大変でしたわね』なんて、心にないことをたくさん言われたもの」

 そう私が言うと、クリスティは頷く。

「そうねぇ。仕方ない面があることはわかっているんだけど、私が何も話さないと察するやいなや、話しかけにこなくなったのよ。わかりやすいわね」

 クリスティはさりげなく毒を吐く。そういうところ、好きなのよね。
 そもそもクリスティにも私は詳しい話をしていないし、彼女も聞いてこない。
 さすがに結婚式に呼ぶ話をしていたから報告しないわけにはいかないし、それ以上に怒りを爆発させたくて、婚約破棄された話はしたけど。
 まさかダニエルの結婚相手がクリスティの従兄の婚約者だったなんて……世間は狭いわね。

「私、しばらく温泉地でゆっくりして、仕事でも探すわ。パーティーにでても奇異の目で見られて居心地よくないし」

「それもいいわね。どうせ次の犠牲者が現れて、貴方達の話はすぐ風化するわよ」

「犠牲者って」

 私が苦笑して言うと、クリスティはにこにこ笑って言った。

「だってそうじゃないの。日々どこかで誰かが不幸になって、その話が一気に広まって、そこに新しい犠牲者が現れてどんどん新しい噂が生まれていくんだもの」

 それは確かにそうね。そしてその犠牲者を皆常に探し求めている。
 そう思うとほんと嫌になってくる。

「そうね。だから私、しばらく王都を離れて大人しくするわね」

「ゆっくりしてきて、パティ。不幸なことがあれば必ず幸せなことが起こるから」

 そしてクリスティは手を組んで祈って見せた。