それは、収録中の出来事だった。

「これ、渡しておく」

 そういわれて渡されたメモだけど、何だろう?

 

 これ、ナル兄の連絡先?

 私は驚いてすぐに隠した。見つかったら大変だ。

 特にマリ姉あたりが面倒だ。

 あの人、人の噂に興味津々だし、ナル兄ファンだし。



 連絡しろってこと? 本人に確認してみないと。



「あの、さっきの……?」

「あれ? 俺のファンじゃなかった? のどかおねえさん」

 意地悪そうなほほえみ。この人の笑顔は反則だ。



「でも、私、恋愛する気もないですし」

「なんだその、すぐ恋愛とかいう発想。幼稚だな」



「用事ないですから」

「夜、さびしくなったらメッセージを送ればいい。毎日俺らは会えるけどな」



 何? 俺ら……?

「マリさんにも渡したのですか?」

「俺、基本仕事仲間とは連絡しないから」



「前任のおねえさんにも連絡していますよね?」

 ネット上で話題になった、おねえさんとおにいさんの恋愛。

 おねえさんが卒業して結婚か? というべたな話題。

 私は一番、そこが気になっていた。

 実は密かに愛が育まれているかもしれない。



「俺、連絡先教えてないし知らないから」



 ええええ?

 何? 私にだけ教えたの? 何かの、どっきりかからかいだとしか思えない。私の心拍数は上がった。



「卒業したおねえさんと結婚するんですよね?」



「結婚なんて、しないよ。ネットの噂信じちゃうタイプ?」

 馬鹿にした笑い方。完全に見下されている。でも、完全否定されてほっと一安心。よかった。ファン心理だが、結婚されるとやっぱり寂しい。



「俺、おまえみたいな純粋で真っすぐな人を見ると、つい、いじめたくなるんだよな」



「小学生の男子ですか?」



「小学生の男子って気になる人をいじめるっていう習性あるだろ」



「……?」



「とりあえず、今夜メッセージ送れよ」



 そして、突然何事もなかったかのように仕事モードになる。

 なんて器用な男なのだろう。

 不器用な人間から見るとうらやましい。



 私の胸はどきどき高鳴る。

 メッセージなんて送ろう?

 もう私はメッセージのことで頭がいっぱいだ。

 私は既におにいさんに毒の鎖で巻かれているのかもしれない。

 何を送信してもあの人の毒牙が向けられそうで怖いけれど――

 近づきたい。複雑だ。