浜田ヒカルと浜田マイは仲良しの姉妹。
 ヒカルは高校二年生、マイは小学六年生だ。
 ヒカルはスラリとやせていて、制服の着こなしもイケてるキラキラJK。
 小学生のマイにとって、憧れのお姉ちゃんだ。
「ねえお姉ちゃん! 聞いて聞いて!」
 リビングのソファでテレビを見ていたヒカルの隣に、マイは飛び込むように座った。高校生のヒカルはバイトや勉強で忙しく、たまにしかゆっくり話せない。
「なに? また山本くんの話?」
 マイは恋愛に憧れていて、最近は同じクラスの山本くんに片思い中。
「あのね、今日も学級会で目が合っちゃったんだよ。うふふ」
 マイがうれしそうに、抱えたクッションに顔をうずめる。
(やれやれ。マイは思い込みが激しいからなあ)
 山本くんのことは、耳にたこができるほど聞いていた。
 頭がよくて優しくて、かっこよくて人気者というカンペキ男子らしい。そして、マイのクラスの学級委員長。
(学級会の司会をしているのは、おそらく学級委員長の山本くん。司会をしながらみんなを見渡していれば、マイと目が合っても当たり前だと思うけど……)
「それにね、山本くんの上着、私と同じ青なんだよ!」
 さすがにくすっと吹き出してしまう。男子の上着なんて、黒か青がほとんどだ。
「なんで笑うのよう」
「ごめんごめん、小学生の頃って、そういう小さな偶然にもときめいちゃうよね。わたしもそうだったよ」
 家ではこの調子で山本くんの話ばかりしているのに、学校では緊張してひとことも話せないらしい。
 そんな純情なところも、我が妹ながらかわいらしい。
「偶然はそれだけじゃないんだから! 先週から、いろいろなところで山本くんと会うの。学校以外の場所で何度もばったり会うなんて、運命なのかも」
「へえ、おもしろそうな話ね」
 ヒカルはテレビを消して、マイの話に耳を傾けた。

 先週の木曜、マイはお母さんのおつかいで、お菓子を買いに行った。
 駅の近くにある有名な洋菓子店で、そこのシュークリームがとてもおいしいのだ。
「お店に入ったらね、山本くんがいたんだよ!」
 山本くんは母親らしい人と一緒に来ていて、こちらに背中を見せていた。向こうは気づいておらず、マイも恥ずかしかったので話しかけはしなかった。
 山本くんはしばらく考えてから、ホールのチョコレートケーキを選んでいた。
「お母さんが『おめでとう。よかったわね』とニコニコしていたから、きっと誕生日だったんだね」
 ヒカルは目を閉じ、ふんふんと聞いている。
「でね、次の日の放課後も山本くんに会ったんだよ。すごいでしょ?」
 マイは中学校に入ったら塾に通うことになっている。金曜はその体験授業で、駅ビルに入っている大手の塾に行ってきたのだ。
 駅ビルは大きく、一階には洋服や雑貨のショップ、二階にはレストラン。三階には塾のほかに、携帯ショップ、美容院などが入っていた。
 体験授業を受け、へとへとになって帰ろうとすると……。
「携帯ショップにね、山本くんがいたの! お母さんとふたりで、スマホを選んでたよ。いいなあ、スマホを買ってもらえるなんて。わたしもほしいなあ」
「小学生でスマホは早いでしょ。わたしだって、高校生になってからスマホデビューしたんだから。でも、二日連続で会うなんてすごいわね」
「でしょでしょ。しかも、それだけじゃないの。次の日の土曜も会ったんだよ! 桜川の橋を渡ってた」
 マイとヒカルの家は、マイの通う森町小学校から海方面へ徒歩二十分ほどの場所にある。そこからさらに一〇分ほど歩くと、桜川という大きな川が流れている。
 川沿いの土手には、ドッグランエリアやウォーキングコース。川向こうは比較的新しくできた住宅街で、桜ヶ丘町という。橋を渡った先には、白くて立派な桜ヶ丘中学校と桜ヶ丘高校が見える。
 土曜の朝、マイは犬のバニラの散歩に、桜川へ向かった。いつもは近所をひとまわりして終わりだが、珍しく早起きできたので、ドッグランまで連れて行ってあげることにしたのだ。
「七時半くらいだったかな。橋を渡っている山本くんとお母さんが見えたの! 早起きは三文の得って本当だね」
 山本くんは黒のダッフルコートを着て、お母さんはベージュのコート。ふたり並んで橋を渡っていったという。
「そのあと五分くらいでまた戻ってきたから、二回も見ちゃったんだ」
 うふふとにやけ顔だ。
「なるほど、だから日曜日も朝早くバニラの散歩に行ったのね」
「そう! しかも、ばっちりまた会えたんだよ!」
 マイは、今日も会えるかもと思って、日曜も同じ時間にドッグランに行った。すると今度は山本くんがひとりでやってきて、同じように橋を渡っていったという。
「四日間連続で会っちゃうなんて、運命の赤い系で結ばれてるのかもしれない。わたし、中学生になったら、がんばって山本くんに告白しようかな……」
 マイの行く森町中学校は、現在通っている森町小学校の隣。学区の子たちはみな同じ中学校に進むから、小学校の友だちはそのまま持ち上がりになる予定だ。
 ほっぺを赤くして上機嫌のマイを横目で見ながら、ヒカルは考え込んだ。
 マイは「運命の赤い系」と言うけれど、果たしてそうだろうか?
 ヒカルはふだんから謎解き番組や推理小説が好きで、洞察力が鋭い。「四日間連続の出会い」から、まったく違う事実を推測したのだ。
「ねえマイちゃん。その偶然はたぶん、神様の『山本くんのことは、あきらめなさい』というお告げかもしれない」
 マイがぽかんとする。
「そ、そんなわけないじゃん。だって、こんなに連続して会ったんだよ?」
 姉の真剣なまなざしに、マイは一気に不安になる。
「おかしいことがたくさんあるわ。まず、洋菓子店での出会い。山本くんはその場で大きなホールケーキを選んで買ってもらっていた。もし誕生日だとしたら、バースデーケーキは事前に注文しておくものじゃない? お母さんが『おめでとう。よかったわね』と言っているから、何かのお祝いだとは思うけど」
 マイが必死に反論する。
「きっとお母さんが忙しくて、当日になっちゃったんだよ。それに次の日、スマホを買ってもらってたでしょ。きっと、誕生日のプレゼントがスマホだったんじゃない?」
 だが、ヒカルはふるふると頭を横にふった。
「プレゼントなら、それこそ誕生日当日に渡すと思う。翌日に買うのは不自然よ」
 う、とマイが言葉につまる。
「土曜日は、桜川の橋で山本くんとお母さんを見たのよね。朝の七時台といえば、平日ならちょうど登校時間くらい」
「そうだけど、時間が関係あるの?」
「マイ、山本くんはどこに向かって歩いていたと思う?」
「そんなのわかるわけないよ。桜ヶ丘町に何か用があったか、散歩でもしてたんじゃない?」
「用があるとしたら、普通は車かバスで行くわ。山本くんの家、学区から考えるときっと遠いわよね。それに散歩だとしたら、コートじゃなくて、もっとウオーキングに適した格好があると思う」
 むむむ、と考え込むマイ。
「答えは簡単。山本くんは、マイと同じ中学じゃなく、川向こうにある桜ヶ丘中学校に入学するんだと思う」
 マイの目と口が、これでもかというくらい大きく開いた。
「山本くんは、とても頭のいい子なんだよね。桜ヶ丘中学校は中高一貫の難関校だから、中学受験したんだわ。それに合格したから、ケーキを買ってお祝いした。きっと、木曜日が合格発表だったのね」
 マイの腕から力が抜け、ぽろりとクッションが床に落ちた。
「スマホは帰りが遅くなっても連絡が取れるように、安全のために買ったんじゃないかな。桜ヶ丘中学は遠いから」
 聞きたくない、というようにマイは耳をおさえる。
「土曜日はお母さんと通学路を確認して、日曜はひとりで歩いていけるか試したんだと思う。どっちもすぐに山本くんは戻ってきたんでしょう? 用があったわけじゃなく、道を覚えるためだったからよ」
「……うそ……中学が別々だなんて……」
 神様がくれた偶然の出会いは、「その恋はあきらめなさい」という意味。
 マイの瞳からぽろりと涙がこぼれ落ちる。
 その肩を、ヒカルが優しく抱きよせた。

 ヒカルの推理通り、山本くんは桜ヶ丘中学に進学することがわかった。ショックで落ち込むかとヒカルはだいぶ心配したが、逆に勇気がわいたらしい。
「お姉ちゃん! わたし、山本くんに告白する!」
 山本くんに会えるのは、小学校の間だけ。だから、最後のバレンタインに告白することにしたそうだ。
 マイはヒカルに手伝ってもらい、手作りのチョコを用意した。
 「ずっと好きでした。つきあってください」という内容のラブレターも書いた。
 足がガクガク震えたが、一生分といえるくらいの勇気を出して、学校帰りに手渡した。山本くんは驚いていたものの、しっかりとチョコを受け取ってくれたという。
 
 返事はホワイトデーだが、マイの小学校では三月一四日の前に卒業式がきてしまう。そこで、ラブレターには家の住所を書いた。そうすれば、手紙で返事をくれるかもしれないから。
 ドキドキしながら一ヶ月を過ごし、卒業式も終えた。
 いよいよ、運命の三月一四日。
(もしかしたら、山本くんが直接訪ねてくるかもしれない)
 その可能性も考えて、お気に入りの白いセーターを着て、髪の毛もヒカルにきれいにセットしてもらった。
 だが、バレンタインで告白してからも、山本くんの態度は変わらなかった。冷たくもされなかったけど、特別に距離が縮まったという感じもしない。
(きっと、うちまで会いに来てくれることはないだろうなあ)
 外は朝から雨が降り続いていて、マイはますます浮かない気持ちになる。
(でも、優しい山本くんならきっと、返事はくれるよね)
 マイの家は古い一軒家で、郵便受けは通り沿いの庭にある。窓からじーっと郵便受けを見張っていると……。
「きたっ」
 郵便配達のバイクが家の前に止まった。
 雨の中、傘もささずにマイは飛び出した。
 水がはねるのもかまわず走って、郵便受けをあける。
 中には大きめの白い封筒。宛先は「浜田マイ様」、そして差出人は「山本浩太朗」。
(山本くんからだ!)
 胸が、爆発しそうにドキドキした。

「うわーん! お姉ちゃん、どうしよう!」
 マイが泣きながらリビングに戻ってきたので、ヒカルはびっくりした。マイの手は泥だらけで、白いセーターにも茶色いシミがついている。
「どうしよう、落としちゃって、手紙が……!」
 右手には破かれた封筒とプレゼントらしき包み、左手にはカード。
 どれも泥で茶色く汚れている。
「いったい、何があったの!?」
「すぐに返事を確かめたくて……」
 マイは手紙の中身を確かめようとして、封筒を破きながら玄関へ。ところがあせりすぎて途中で転んでしまい、水たまりに落としてしまったのだという。
「大変。早くふかないと!」
 小さなギフトボックスは、ホワイトデーのお返しらしい。濡れたのは包装紙だけで、中身は無事だった。
 箱の中には、いかにも女の子が喜びそうなハート型のクッキー。落としたにも関わらず、幸いにもハートは割れていなかった。
 困ったのは封筒に入っていたカードだ。ティッシュでていねいに水気を吸い取ったが、全体が茶色く汚れてしまっている。
 文字もにじんで、かろうじて読める文字はと、ふたりで目をこらす。
「……読めた! お姉ちゃん、返事はオーケーだよ! 
『手紙ありがとう。うれしかった。はまだ、つきあいたい』
って書いてある!」
 マイが大喜びでぴょんぴよん飛びはねる。
 だが、ヒカルはまゆねを寄せたまま、カードとにらめっこ。
 それから、気の毒そうに言った。
「マイちゃん。残念だけど、これはお断りの手紙だと思う」

 手紙ありがとう
うれしかった  、
 はまだ、
つきあ  い

「一行目と三行目の文頭が一文字下がっているのは変よ。それに、宛先は「浜田」と漢字なのに、ひらがなで書いているのもおかしいわ。よく見ると、『うれしかった』のあとに二文字あけて、句点がある。最後の文は『つきあいたい』でも意味が通るけど、ここは違う文字が入るんじゃないかな。つまり……」

①一行目と三行目の頭に一文字入る
②二行目は『うれしかった○○、』と読む
③「はまだ」は名前の浜田ではない
④『つきあ  い』は「つきあいたい」ではない可能性

「つまり……」
ヒカルはサラサラと、メモ帳にエンピツで書いた。

お手紙ありがとう。
うれしかったけど、
今はまだ、
つきあえない。

「こう書いているんだと思う。それにね……」
 ヒカルは言いにくそうに、お返しのクッキーを指さした。
「ホワイトデーのクッキーの意味は、『友だちでいよう』なの。割れやすいクッキーを本命の女の子に、ましてや郵送では贈らないわ。きっと山本くんは、スマホでお返しの意味を調べて、あえてクッキーを選んだんじゃないかしら」
 マイはへなへなとソファに座り込むと、がっくりと頭を垂れた。
「そんな……」
 その頭を、ヒカルがやさしくなでてあげる。
「大丈夫、こんなふうにきちんと返事をくれるなんて、マイが好きになった男の子はとてもいい子だと思う。それに『今はまだ、』ってことは、今は余裕がないってこと。中学校に入って落ち着いたら、また気持ちが変わるかもよ?」
「……ホント? お姉ちゃん」
 涙目で顔を上げるマイに、ヒカルはパチッとウインク。
「名探偵の私の推理、マイは信じないの?」
「……信じる!」
 マイは笑って、ヒカルに抱きついた。