今日もやっぱり一華はお弁当を作っていた。毎日こんなに可愛い弁当を作れるなんて凄すぎる。

ちょうど晴翔が小説を読み始めたくらいのタイミングで私の名前を呼ぶ声が廊下から聞こえた。

修也がまた私のところに来た。こんなところばかり見られたら、また私が修也と付き合ってるって噂されちゃう。

「あれ。理菜、どこ行った?」

「私はここだよ」

「全然気が付かなかった。今日学校休んだのかと思ったぜ」

「残念でした。昨日、お引越ししたんです」

「ふーん、そうなんだ」

何かを考えるように修也は顔を曇らせた。

「それで今日は何の教科書借りに来たの?」

修也がこの教室に来るのは私から忘れ物を借りる時だけだ。

「ああ、今日は古典の教科書貸してほしいな」

「ちょっと待ってね」

私は自分の席に戻って、リュックの中を探す。

「一華、古典って今日何時間目だっけ?」

「五時間目。昼休み明けの授業だよ」

「うわ、俺のクラスも五時間目だ」

「マジか、時間割被りだ」

私たちの学年は全部で八クラス。同じ教科を二、三人の先生が分かれて担当している。だから同じ時間に教科がかぶることだってある。

「じゃあ今回は諦めるよ」

「貸せないのはごめんだけど、もうこれに懲りて忘れ物するんじゃないよ」

修也は昔から忘れ物をすることはあったけど、こんなに多くなかった気がする。

「ねえ、私の教科書、代わりに使う?」

修也が教室を出ようとした時、一華が修也に声をかけた。驚いて修也が一華を見る。

「あれ、君、昨日の帰り理菜と話してたよね」

暗かったけど、修也は昨日の帰りに駐輪場に一華がいたことを覚えていた。

でも待って。一華が教科書を貸したら、一華が授業で困っちゃうじゃん。

「いいよ、修也に貸さなくて。忘れた修也が悪いんだから」

「私は大丈夫。隣の人から教科書借りるから」

一華の隣の人って、まさか晴翔から?一華と晴翔が二人で一冊の教科書使うの?

「ね、晴翔いいでしょ?」

「え?俺?」

小説を読んでいた晴翔が突然、私たちの会話に混ぜられる。訳もわからないまま困った顔でこっちを見ている。困った表情をしている晴翔もすごく可愛い。

ってそんなこと思っている場合じゃない。いくら一華とはいえ、晴翔が他の女子と同じもの使うなんて私は嫌だ。

一華に「人助けだと思ってさ」って言われたら晴翔も断ることはできない。渋々、頷いて一華の教科書は修也が借りることになった。

「俺が忘れ物したせいで、何だか悪いね。えーっと……」

「一華です」

「ありがとう、一華ちゃん。じゃな、理菜」

一華の教科書を持って修也は自分のクラスに戻っていった。

よくよく考えると、一華と晴翔が隣同士で教科書を使うなら修也が隣の人から教科書を借りればよかったんじゃん。何でわざわざ一華が教科書を貸すことがあったんだろう。

そのせいで晴翔と一華が同じ教科書を……。もう何やってんだよ、修也のばか。

「ごめんね、一華。修也のせいで面倒なことになって」

「全然大丈夫だよ。私のことは気にしないで」

そう言って一華はいつもの笑顔を私に向ける。

「晴翔もごめんね」

この一言を言うだけでも私の心臓はドキドキする。きっと顔だって赤くなっている。

「別に俺もいいけど」

晴翔がぼそっと言葉を出す。

「それじゃあ晴翔、次の時間は教科書よろしくね」

「はいはい、わかったよ」

一華は友達に話すのと同じ感覚で晴翔に話しかける。私は晴翔に一言話すだけでもすごく緊張してドキドキしてしまうのに。一華に簡単なことが私には全然できない。

もしかして、一華も晴翔のことが好きなのかな?

もしもそうなら晴翔と一緒に教科書を使うために修也に教科書を貸したことになる。

まだ残っている可愛いお弁当。艶のあるポニーテールが可愛く揺れている。一華のことはずっと可愛いと思っていた。

一華が晴翔のことが好きなら、私は一華に勝てる気がしない。

何だか今は一華のことを直視するのが怖くてできない。

「お弁当の続き、食べよう」

一華の可愛らしい笑顔に思わずたじろいでしまう。

一華が晴翔のことを好きだったとしても、私も晴翔のことを諦めたくない。私のこの気持ちは本物だ。

「うん、そうだね」

私も笑いながらお弁当の続きを食べ始めた。

うまく笑えた自信は、正直あんまりなかった。