放課後、部活の時間。今日も高校の格技場で私たち少林寺拳法部は汗を流す。

少林寺拳法部の練習はなかなかハードだ。休みは火曜と日曜だけ。大会が近くなると日曜日に練習することもある。

高校には格技場は一つしかない。本当は柔道部や剣道部など他の武道系の部活と共用で使うんだけど他の部活は人数が少なくて今は休部中。だから格技場は少林寺拳法部が使い放題。先生に頼めば練習がない日も格技場を使わせてもらえることがある。

うん、今日はいつもよりも動きのキレがいい。

少林寺拳法はあくまで護身術。だから練習も思ったより地味だ。まず最初にストレッチを行い、その後は基本の練習。突き、蹴り、受け身などの基本動作が少林寺の技法の基礎になる。その後は二人一組で技を使えるようになるための練習だ。

少林寺の大会は二人一組で出る組演武と一人で出る単独演武がある。私が出るのは単独演武。単独演武は一人でする分、相手の動きをイメージしながらしないといけない。

私の帯は黒色。一年生では私と修也の二人だけ。二年生の先輩だって黒帯の人は部長の西園寺先輩と蘭先輩しかいない。

少林寺は試験に合格すると級が上がる。級に合わせて帯の色が変わってくる。級の次は段。黒帯は段をとった証だ。

初段で黒帯を取っても上には上がある。少林寺を初めて七年くらい経つけど、私もまだまだ修行中。

「今日は気合いが入ってるな、理菜。いい感じだ」

西園寺先輩に褒められちゃった。今日の私はやっぱり絶好調だ。

「久しぶりにいい感じじゃん。何かいいことでもあったか?」

うっ。小さい時からいつも一緒にいるからか、修也は私の変化にすぐ気がつく。

「別に、何にもないよ」

今日席替えで好きな人の近くになったなんて、修也に言えるわけないじゃん。

修也が怪しんでいる風に私の方を見てくる。

実は全国大会が終わってから、ずっと調子が悪かったんだ。

小学校から少林寺を習って、北海道大会では一位になれた。だけど全国大会では全然上位に入れない。それからはなんで少林寺を続けてるんだろうってわからなくなっちゃって。少林寺が強いからこの高校を選んだのに、どうして少林寺を続けているのかわからない。

「隠してないで教えてくれよ。最近ずっと不機嫌そうな顔してたくせに」

そう言って修也が変顔をする。見るからに機嫌が悪そうだ。

「もう、そんな変な顔してないよ」

「ほら、今してるじゃん」

今の私、むすっとした顔してる。でも普段はそんな顔しないもん。

「そういう修也はどうなのさ。最近調子いいの?」

「俺はいつでも絶好調だぜ」

さも当然とした顔で修也が答える。そうやって堂々と言える修也が私にはちょっとだけ羨ましい。

修也が出てるのも単独演武だ。北海道では男子三位。全国大会にあと一歩だった。なのに修也は大会の後も全然変わらない。それどころか大会前よりも気合いが入っている。

「どうして、修也はいつも絶好調なの?」

「俺、少林寺で日本一を目指しているから」

修也って本当に少林寺が好きなんだな。

「そうかそうか日本一か」

西園寺先輩が修也の後ろで話を聞いていた。修也がやべって表情をする。西園寺先輩は北海道で二位だ。

「そう簡単に負けてたまるか」

「次は俺が北海道も一位になりますよ」

西園寺先輩って普段は大人っぽくと頼りになるけど、たまにこうやってすごく子供みたいになる。クラスに西園寺先輩みたいな人がいたらモテるだろうな。

「今日はみんなにお知らせがある」

西園寺先輩が帰りの挨拶で話し出した。

「今月末の土曜に北光学院高校で模擬試合を行うことになった」

北光学院高校も少林寺が強いことで有名だ。私立高校で格技場がものすごく広い。大会の開催場所にもなり全道大会の会場もここだった。

「十二月にある新人戦前の最後の模擬試合だ。みんな気合い入れて頑張れよ」

今月末ってことはあと一ヶ月もないじゃん。まずはそこに向かって頑張ってみるか。

六時半を過ぎたくらいに学校を出る。外はもうすっかり暗くなっていた。

部活終わりの生徒たちがぞろぞろと玄関や駐輪場に集まっている。

帰りはいつも修也と一緒だ。家が近いし外が暗いからってお母さんが心配して修也と一緒に帰れって言うの。

他の人はカップルで帰ったりしてるのに。私もそういうシチュエーション憧れちゃうな。

「理菜、お疲れ」

駐輪場で一華とばったり会った。一華は女子バスケ部に入っている。一華の周りには同じ部活の友達もいっぱいいた。女子バスケ部ってみんなオシャレなんだな。可愛い女子特有のいい香りがする。

「あ、少林寺の女の子だ」

どうやら私のことは女子バスケ部でも知られてるみたい。

「全国大会に行ったようには見えないね」

思わず笑顔で返す。こういうことはよく言われる。

私は背が特別高いわけでも体格が良いわけでもない。身長は百五十五センチで体重は……ってこれは秘密だけど、まあ軽くも重くもないくらい。

悪い意味で言ってるんじゃないのはわかるけど、言われる度にちょっと複雑な気分。

「おーい理菜、早く行くぞ」

修也が私を呼ぶ。その瞬間、バスケ部の女子がきゃーと騒ぎ出す。

「修也、部活お疲れ」

「おー、お疲れ」

どうやら修也と同じクラスの女子がいたみたい。けどそれだけじゃない。別な女子も修也を見た瞬間、テンションが上がった。

「修也って意外と人気あるんだ」

「修也君、結構人気だよ。背が高いし、顔もかっこいいし。おまけに少林寺拳法部だから知名度も抜群」

「へえー、何か意外だな」

「理菜も気をつけた方がいいよ」

「え?何で私が気をつけるの?」

「理菜、修也君といつも一緒にいるでしょ?理菜のこと修也君の彼女だと勘違いしている人もいるみたい」

何で私が修也の彼女にならないといけないのさ。私が好きなのは晴翔だけなのに。

「ないない、そんなのあり得ないって」

「私はちゃんとわかってるよ」

一華がニコッと微笑んで私を見る。部活の後のせいか昼の時よりも少し疲れて見える。

「修也、もう帰るよ」

「みんなごめんね、嫁がうるさいからそろそろ帰るわ」

「誰があんたの嫁よ。変なこと言わないで」

私が勘違いされるの、あんたがつまんない冗談言うからじゃないの?

「みなさん、私は修也と付き合ってませんからね」

私の真剣な訴えは女子バスケ部の心にも届いたと信じている。

私と修也は二人で並びながら自転車を漕ぐ。朝は私のことをあっさり抜き去るのに帰りはいつも私に合わせてくれる。

「私のこと嫁とか変なこと言わないでよね」

私の知らないところでもあんなふうに言われてたらたまったもんじゃない。

「ごめんごめん。けどそんなに嫌がることもないだろ。ちょっと傷つくぜ」

修也が落ち込んだふりをする。その顔がちょっと面白いのがしゃくだ。

「嫌がるというか、それを誤解しちゃう人がいたら気の毒でしょ?」

「ん?誤解?」

修也がポカンとした顔をする。もしかして、自分がモテてるって気がついてないな。あんた、思ったよりもモテてますよって教えてあげようかな。いや、やめておこう。もし教えたら変に調子に乗りそうだ。

「ううん、何でもない。ま、変なこと言うのはとにかくやめてよね」

変な冗談で私を巻き込むのやめてほしい。

二人の自転車の光が暗い夜道を照らし出す。修也とくだらないことを話していると、あっという間に家に着くから不思議だ。