私の隣で晴翔が歩く。二人で地下鉄の駅に向かっている。
 心臓の音が聞こえるんじゃないかってくらいドキドキしている。
 じーっと晴翔の顔を見る。今でもまだ夢なんじゃないかと思っちゃうよ。
「俺の顔、何か変かな」
 ううん、夢じゃない。私の隣に晴翔はいる。
「何もないよ」
 ただ二人で並んで歩いているだけなのにそれだけで嬉しくなっちゃう。
 いざ二人で歩くとせっかくのチャンスなのに照れちゃってうまく言葉が出てこない。
「あのさ、次の部誌が完成したんだよね。今週中には渡せると思う」
「そっか、おめでとう。また晴翔の小説が載っているんだ」
「うん。まだ自信作って呼べるものではないけどね」
「晴翔の小説読めるの楽しみにしてるからね」
「ちょっと恥ずかしいな」
 そう言ってまた晴翔はまた視線をずらして顔を背ける。
「なんかあっという間に冬になっちゃったね」
「そうだな」
 ついこの前、高校に入学してたと思ったのにいつの間にか雪が降り始めた。あと三ヶ月もすれば二年生だ。
「明日には席替えしちゃうもんね。もっと今の席でもいいのに」
「俺もそう思う。今の席になってからは特に早く感じたな」
 晴翔も私と同じことを思っているの?
「私も。今の席になってからすごく楽しくて一瞬に感じっちゃったよ」
 二人で顔を見つめ合う。思わず同じタイミングで顔をそらす。
「まあ、岩田も少林寺の大会とか色々あったもんな」
「うん、晴翔も部誌の小説書いたり大変だったもんね」
 会話がなくなって静かな時間が訪れる。それでも晴翔と並んで歩いていると不思議とすごく心地がいい。
 あっという間に改札口についてしまった。高校と駅が近いのが今はうらめしい。
 地下鉄のホームに向かっていると階段から人が上がってきた。それと同時に地下鉄の発車音が聞こえてくる。どうやらちょうど地下鉄が出てしまったところらしい。
 晴翔と一緒の時間が少しだけ増えた。私的には結構ラッキー。
 ホームに着くとほとんど人がいない。晴翔と二人だけの世界。地下鉄のホームで好きな人と二人きり。もう、今日はずっとドキドキが止まらないよ。
 頑張れ、私!心の中でエールを送る。あと一歩の勇気がまだ足りない。
 地下鉄の電光掲示版が二つ前の駅を発車したことをアナウンスする。
 ちらっと晴翔を見る。かたくなった表情は何を考えているのかわからない。
 また、こうやって晴翔と一緒にいたい。今度は二人でお出かけとかしてみたい。
 今度、晴翔をデートに誘えばいいんじゃないの?試合にも誘えたんだし、デートに誘うのも今の私ならできるんじゃない?
 いやいや。もう一人の私が必死に抵抗する。
 でも、晴翔と二人でまた一緒にいたい。その思いがどんどん大きくなっていく。
 駅のホームに北光学院の制服を着た人たちが続々と集まってくる。電光掲示版の音がもう一度鳴る。地下鉄は一つ前の駅を発車した。もう残された時間はほとんどない。
「あのさ、晴翔」
 勇気を振り絞って声を出す。きょとんとした顔をして晴翔がこっちを見る。頭の中で考えた言葉がどこかに飛んでいきそう。
「どうした?」
 やっぱデートに誘うのってすごく緊張する。心臓がバクバク鳴る。これは私にとって大きな勝負。でも戦わなきゃ勝てる戦いも勝てない。
「今度さ、私と一緒にどこかに出かけない?」
 よし、言った。もう、後には戻れない。
 晴翔が困ったような顔をして黙る。もしかしてデートに行くの嫌だったのかな?
「まもなく地下鉄が到着します」
 列車が到着するアナウンスが大きく鳴り、地下鉄がホームに入ってきた。
 二人で地下鉄に乗る。多くの学生を乗せて地下鉄はまた動き出す。乗り換えの駅まで、たったの十分。
 制服を着た仲良しの男女のペアも何組か乗っている。きっとカップルに違いない。
 隣にいる晴翔を見る。もしかしたら私と晴翔もカップルみたいに見えているのかな。なんてことを考えちゃう。
 晴翔と二人で並ぶ。あれから晴翔はずっと黙ったままだ。
 車内のアナウンスを聞きハッとする。もう乗り換えの駅についてしまう。
「私、次の駅で乗り換えだ」
 もっと晴翔と話したかったのに。全然話せないまま終わってしまう。
 地下鉄が駅に到着する。ドアが開いたらこの列車から降りなくちゃ。
「じゃあね、晴翔」
 ぽんっとホームに足を乗っける。一歩ずつ列車から離れていく。
「岩田」
 晴翔が私の名前を呼ぶ。思わず後ろを振り返る。
「今日は誘ってくれてありがとう」
 晴翔の声が地下鉄の中から届く。
「俺も岩田ともっと話したい。また今度、一緒に出かけような」
 それってさっきの誘いがオーケーってことだよね。
「うん、また今度ね」
 やった。晴翔と今度、デートできる!
 ホームに並んでいた人たちがどっと車内に流れ込んでいく。晴翔の姿が人の中に紛れて見えなくなる。なのに私の目には晴翔が鮮明に映る。
「まもなく列車が発車いたします」
 アナウンスが鳴る。ドアが閉じるとともに晴翔が完全に隠れていく。
 大きな音を立てながら列車は動き出す。どんどん私と晴翔の距離が広がっていく。
 地下鉄はあっという間に見えなくなってしまった。さっきまであの速度で移動していたのが信じられない。
 晴翔の声がまだ私の耳に張り付いている。
 明日になったらクラスで席替えがあるし、全国大会に向けた練習が始まる。またいつも通りの日々が始まる。けど今はもう少し、今日の余韻にひたっていたい。
 消しっぱなしにしていたスマホの電源をつけると、メッセージが一件届いた。このアイコン、晴翔からだ。
「今日は試合、お疲れ。すごく疲れているだろうからゆっくり休んでね」
 地下鉄の中でスマホを操作している晴翔を想像する。
「晴翔って優しいね。ありがとう」
 晴翔のメッセージにすぐに返信をする。恋の駆け引きとかそんなの私には関係ない。
 家に帰ったら晴翔におすすめしてもらった小説を読もう。
 ウキウキした気分で、乗り換えの道を歩き出した。