「いよいよ、単独演武が始まるな」

男女ともに組演武が終わった。今から単独演武が始める。

現在、北丘高校が全国に進出できる種目はまだ一つもない。北光学院と富良野東が全国の切符をかっさらっている。

「負けてばかりじゃいられないぜ。北丘の意地、見せてやる」

修也の熱い言葉にみんなも頷く。

「俺もなんとしてでも全国に行きたい。このメンバーでまた全国の演武を見に行こう」

西園寺先輩の掛け声にみんなが一つになる。

「よっしゃー、行くよー!」

「いくぞ、北丘」

「おお!」

私たちならきっと全国に行ける。

「それでは単独演武を始めます」

ちらっと応援席に目を移す。一華の姿は見えたけど、まだ晴翔の姿は見えない。もう単独演武が始まっちゃったのに。晴翔はどこにいるんだろう。

「やあっ!」

コート場から聞こえる大きな声で我に帰る。最初の一人は模擬試合で四位だった北光学院の選手だ。模擬試合から練習を重ねたのが一目見ただけでもわかる。

点数は二百五十四点。今回の大会のレベルの高さを物語っている。

「西園寺ー!」

西園寺先輩のエールが聞こえて、男子のコートに視線を移す。


格技場いっぱいに西園寺先輩の声が響く。思わず会場にいる全員が西園寺先輩を見る。

さすが西園寺先輩!キレッキレで綺麗な動き。一つ一つの動作に無駄がない。

だからこそ技から技へスムーズに続いている。思わず見惚れてしまいそう。

そこから繰り出される強烈な蹴り。あれをまともに食らったらしばらくは動けないだろう。

見事な技の構成で終礼をする。時間は一分五秒。ちゃんと規定通りだ。

この演武なら、全国へ行ける可能性も十分ある。

西園寺先輩の合計点数が電光版に掲示される。出た、二百五十九点だ。

暫定一位。すごいすごいすごい。見ている私もテンションが上がっちゃう!

よし、今、北丘は波に乗っている。この勢いで突っ走っちゃえ。

蘭先輩の出番が近づき、出場者の列に並んでいく。

「蘭先輩、頑張って」
私も周りに負けないくらい声を出す。ずっと一緒に頑張ってきた蘭先輩。すごいのは私も知っている。実力が十分に出せれば戦える。

「やあっ!」

蘭先輩の演武が始まった。

得意の素早い連続の突き。一撃一撃に強烈な重さはない。だけど西園寺先輩同様に見ているだけで美しい攻撃だ。

そしてそこから相手の攻撃を受けての締め技。決して派手じゃないけど確実に相手を追い詰めていくのがわかる構成だ。


そして後半の激しい連続攻撃。前半以上の素早いキレ。体力の減りを全く感じさせない動きだ。私からしたらライバルなのに、そんなことすっかり忘れて見入っちゃうよ。

「やあっ!」

最後の一撃が終わり蘭先輩が終礼をする。

時間も一分二秒。完全に計算された構成だ。今の点数は何点だろう。ソワソワしながら電光版を見る。

二百五十六点。蘭先輩が今の一位だ。

すごい。この調子なら蘭先輩も西園寺先輩も全国に行けるかもしれない。蘭先輩の点数に北丘の席は大盛り上がりだ。

観客席の方を見る。一華もニコニコしながらこっちを見ていた。部活のメンバーじゃなくても自分の高校が勝っていると嬉しくなるよね。

まだ晴翔の姿は見当たらない。もうすぐ、私の出番始まっちゃうのに。

もう晴翔のことを考えている場合じゃない。自分の演武が終わるまで客席を見るのはやめよう。ここからはとにかく集中だ。

今までの努力の結果を出せるのはコート上での一分間だけ。毎日毎日、何時間も練習しても本番はあっという間だ。

蘭先輩が戻ってきた。体中から汗が滲み出ている。

一分間に今までの全てを注ぎ込むのだ。ものすごい量のエネルギーを使うに決まっている。

「どうだった、私の演武?」

「すごかったです。とっても綺麗でした」

「理菜って本当に素直だよね」


会場から聞こえる歓声に周りの声が消される。部員数が圧倒的ナンバーワンの北光学院の応援団がエール送っている。

次の選手がコートに上に現れた。北光学院の二年生。そして前回の模擬試合で二位だった選手だ。

何だか身にまとっている気迫が明らかに前とは違う。この人も相当な努力をしてきているに違いない。上達しているのは私だけじゃない。一瞬でも集中が切れたらそこで終わりだ。


演武が始まった。なんて力強い攻撃なんだろう。少しでも気を抜いたら一瞬で狩られてしまうような勢いがある。

なんだろう、この気迫。前にも感じたことがある。今まで見てきた少林寺の演武を振り返る。そうだ。全国大会の時に感じた気迫と似ているんだ。

締め技さえも恐ろしい。少林寺が本当に護身術かと思うくらいの殺気がある。

私、これからこれと戦うんだよね。すでに気迫に負かされそうになる。

終礼の後に、パチパチと拍手が巻き起こる。あれだけの演武を見せたのだ、拍手は敵味方関係ない。

「ちょーっとこれはまずいかな」

蘭先輩も少し参っている。あれだけの演武、なかなか見れるものじゃない。

点数が決まった。電光版には二百五十九点と書かれている。

「くー、やっぱ勝てないか」

蘭先輩は暫定二位。このまま上位二人が動かなければこの二人が全国への切符を手にする。蘭先輩も全国に行ける可能性はある。だけどその場合、私は全国に行けない。

これで北丘から女子二人が全国大会に行ける可能性は無くなってしまった。

このハイレベルな戦いで勝てるのかな。体がガタガタ震え、不安に飲み込まれてしまっている。

ぽんと肩に手が置かれる。

「どうしたの、理菜。緊張している?」

「はい、そりゃあ、もう……」

「大丈夫。理菜は理菜の演武をすればいいんだよ」

自分の演武が終わったとはいえ蘭先輩だって緊張しているはずだ。なのに、後輩の私のことを気遣ってくれる。ジーンとして思わず涙がこぼれそうになる。

そうだよね、まだ私の演武は終わってない。考えるのは自分の番が終わってからでいい。

「ほら、修也の出番だよ」

蘭先輩に促され男子のコートを見る。修也が体を軽く動かし準備をしている。

「札幌北丘高校。森川修也」

修也がコートに立つ。遠くからでも修也の体をめぐる緊張や、決意の強さが伝わる。

頑張れ、修也!修也ならきっとできる。心の中でエールを送る。日本一になるためにずっと頑張ってきたんだ。さあ、努力の成果を見せてこい。

「やあっ!」

女子コートにもしっかり修也の声が轟く。気迫だけなら西園寺先輩にも負けてない。

だけど、修也の動きがいつもより力んでいる。動きになめらかさが少し足りない。これじゃあ、力任せの攻撃だ。相手の動きもきちんと読めていない。


構成はいいけど技同士の連携もスムーズじゃない。もう何やってるのよ。だけど気迫はすごい。勝利に向かってがむしゃらなんだ。その勢いに修也の体はついてきている。

修也の叫びに他の男子の選手たちもビクッとする。それだけ熱意がたぎる演武だった。

大きく息を吸いながら終礼をする。修也の新人戦は今、終わった。

審査員の採点時間を待つわずかな間すらもどかしい。

電光版に数字が刻まれる。得点は、二百五十五点だ。

暫定三位。修也の全国への挑戦はここで終わってしまった。

「はあ、はあ」

聞こえないはずの修也の息遣いが聞こえた気がした。努力すればすぐに届くほど、簡単な世界じゃない。それでも修也の顔は曇っていない。修也は最後までやり切ったんだ。

「修也、残念だったね」

蘭先輩がぼそりと呟く。仲間が負けてしまったんだ。悲しくないわけがない。

「でも、修也の顔、いいですよね」

「うん、そうだね。この大会は終わっても、少林寺はまだ終わってない」

今日の試合が全てじゃない。一度負けたと思っても、勝つまで続ければいい。

蘭先輩の顔を見た。少しだけ寂しい表情を浮かべている。蘭先輩にとっては新人戦が今年が最後。次の夏の大会しか残っていない。

うっすらと目が潤んでいる。蘭先輩がこの大会に懸ける思いは私よりもきっと重い。

でも、私は私のために頑張ってきた。私だって全国に行きたい。

女子のコートがワーっとわく。ついに、彼女がきた。

今回の優勝候補の一人。富良野東の二年でありエースの登場だ。夏の大会では全道四位。

一瞬、コートにいる彼女がぎらりと私の方を見た気がした。背筋がぞくっとする。私、彼女から狙われてる?

まさか、そんなわけないよね。

「ねえねえ、今の人、理菜の方を見なかった?」

やっぱり。私の勘違いじゃなかったんだ。

彼女の演武が終われば残りは四人。そろそろ私も準備しないと。

だけどこの演武から目を離せない。喧嘩を売られたんだ。この勝負、プライドのためにも負けるわけにはいかない。心の中の闘志がメラメラと湧き上がる。

コート上の選手が礼をする。演武が始まる。

す、すごい。初手から見事な突きだ。本気で一位を取りにきている。なめらかに蹴りが繰り出される。あまりのスムーズさに時間が止まったみたい。

彼女の鋭い視線が目の前の敵を睨みつける。実際に目の前に相手はいない。だけど彼女には確実に見えている。

相手の攻撃をしっかり受ける。構成のバランスもうまい。

夏の頃と演武は全然違う。彼女の一つ一つの攻撃が私に突き刺さる。

急に不安に襲われる。私はみんなと同じくらい頑張ってきただろうか?

晴翔のことが気になってた。おしゃれだって頑張ってた。模擬試合の後の一ヶ月半は少林寺も恋もどっちも頑張ってすごい楽しかった。

だけど私が恋を頑張っている間も他の選手はずっと少林寺を頑張っていたんだ。私はその分、負けている……。

今の私じゃ、少林寺に本気じゃない彼女たちには勝てないんじゃないの?

富良野東の演武が終わる。見事な演武に会場が静まり返っている。

会場の視線が電光版に集まっている。

得点が出た。二百六十一点。富良野東が一気に一位に躍り出る。

彼女がまた私の方を見てくる。さっきのような睨むような視線とは違う。余裕のある笑みだ。
 
富良野東のベンチが湧き上がる。これで全国への出場はほぼ確定だ。そして、蘭先輩の全道大会の敗退が決まった。

「あーあ、ここで終わりか」

湧き上がる会場の中で、蘭先輩の小さな一言が私の耳にそっと届く。

「やっぱり、全国は厳しいな」

蘭先輩が下を向く。足元にポロポロと雫が溢れている。そっと蘭先輩が私の肩を触る。

「ほら、もうすぐ理菜の出番でしょ」

顔を上げずに蘭先輩が呟く。

「はい。行ってきます」

蘭先輩の肩から手を離し、コートへ続く道に向き直る。歩き出そうと一歩足を前に出した瞬間、私の肩に何かが乗っかった。

「理菜、頑張ってきてね」

ぎゅっと蘭先輩が私の肩を握る。ほんわかと体が温かくなる。

「はい」

どんどん体にエネルギーが注がれる。私は私を信じる。一緒に頑張ってきて私のことを信じてくれる仲間たちの気持ちを信じる。

よし、行こう。私は私に負けない。私は誰にも負けないんだから!

すうー、はあー。高ぶる心を落ち着かせる。もう、ごちゃごちゃ考えるのはやめだ。前の選手の演武は終わった。順位は変更はない。

今まで何度も何度もコートの上に立ってきた。一分間の勝負に何度も挑戦してきた。だけどやっぱり緊張するのは変わらない。

私は全道一位になりたい。全国にも行きたい。ただ、それ以上に今の私は、自分に勝ちたい。このコートの上で今までの自分を超えたい。

それが楽しいから、私はずっと少林寺を続けているんだ。

「札幌北丘高校。岩田理菜」

私の名前が呼ばれる。黒色の帯に触れる。ふっと髪から溢れるシャンプーの香りが私の気持ちを落ち着かせる。今の私は少林寺モードに変身中だもんね。最強ヒロインになるんだから!

「理菜、頑張れ!」

みんなの応援の一つ一つが私の大きな力になる。

「岩田、頑張れ」

私の名前を呼ぶ方に視線を動かす。観客席で晴翔が私の名前を叫んでいた。

私の演武を見に来てくれたんだ。体中が熱くなる。もうこうなったらいいとこ見せるしかないじゃんコートの中に足を入れ、礼をする。さあ、私の演武の開始だ。

「やあっ!」

無我夢中で体を動かす。技がきれいに決まると自分も嬉しい。見えない相手に向かって攻撃をする。そして相手からの攻撃を受けてもう一度攻撃を加える。

コートにいるのは私一人。だけど見えない相手の動きがわかる。それに負けないように私も強烈な一撃を決めるんだから。

周りの音が聞こえなくなる。視界にいるのは私と対峙する相手だけ。

ふっくらとした頬に艶やか髪。私の前にはいるのはもう一人の私だ。

もう一人の私がニヤリと笑う。へへ、そうこなくっちゃ。

「やあっ!」

よし、私の蹴りが見事に決まった!だけどこれじゃあ終わらないよ。もう一発決めてやる。

何度も何度も練習してきた。考えるよりも前に体が動く。技の正確さとか連携がどうだとか、他の人が見ているとかそんなの考えている余裕はない。

今、すごく楽しい。この一分間が止まってしまえばいいのに。

相手に向き直る。締める。蹴りを入れる。そして突く、突く、突く。

「ああっ!」

自分の思うように体が動く。なんて楽しい瞬間なんだろう。こんなに楽しいのは久しぶりだ。最後の攻撃が終わった。これで私の演武は終わりだ。

ふらっと意識が戻る。視界が広がり、周りの音が聞こえる。鮮明になっていく審判席に向かって私は礼をする。私の新人戦が終わったんだ。

パチパチパチと拍手が聞こえてくる。自分がどんな演武をしたのかあまり覚えていない。でもすごく楽しかった。

電光版に私の点数が表示される。二百六十二と書かれていた。

頭がその数字を理解するのに一瞬、時間がかかった。二百六十二点って私が一位ってこと?

「おめでとう、理菜」

北丘高校のベンチから歓声が飛び交ってくる。私、勝ったんだ。新人戦で一位になれたんだ!

「ありがとうございます!」

蘭先輩が両手を広げてくれるから思わずその中に飛び込んじゃう。

「理菜の演武、すごかった。あれは文句なしの優勝だね」

演武が終わったからもう少林寺モードは終わり。晴翔の小説だって主人公の女の子は戦いが終わったら魔法少女から普通の女の子に戻るもんね。

「何ぼーっとしてるの、理菜。この後は表彰式だよ」

試合が終わるとぼーっとしちゃって表彰式のことを忘れちゃうんだよね。

「理菜が一位になったってことは、ここにいる選手の代表として全国大会に行くってことなんだからね。表彰式は堂々とするんだよ」

私には次の大会がある。全国に行けなかった蘭先輩の分も背負って戦うんだ。

蘭先輩だけじゃない。この会場にいる他の人の気持ちを全部背負っているんだもんね。

「はい、わかりました」

みんなの気持ちが私の力にもなる。さあ、待ってろよ全国大会。観客席から晴翔と一華が私を見ている。

私、頑張ったよ。少林寺で目標を達成したよ。私の勇姿をちゃんと見届けてね。
「今回も岩田さんには勝てなかったか」

隣で富良野東の二年生が呟く。試合の時、私のことをコートから見てた人だ。

「夏に負けた時からずっと岩田さんに勝つのを目標にしてたんだよね」

私のこと嫌いじゃなかったんだ。少しホッとする。

「でも今日の演武を見て思った。やっぱり私はまだ岩田さんに追いついていない」

この人の演武はすごかった。私はもう少し自分に自信を持ってもいいのかな。

「次は負けない。全国大会でまた会いましょう」

すごく礼儀正しい人だな。この人が真摯に少林寺に向き合ってきたことが伝わってくる。
「うん。今度も負けませんよ」

私も負けじと返す。また同じところで戦えると思うとワクワクしちゃうね。

西園寺先輩の名前が呼ばれた。男子が終われば女子の組演武の表彰、そして最後に女子の単独演武の表彰式だ。

表彰式は会場中の視線が集まるから演武をする時よりも緊張する。

心臓がドキドキする。私、頑張ったんだもんね。

もう少しで自分の名前が呼ばれる。なんだかまだ信じられない気分だ。