私と晴翔は図書室を出た。晴翔が乗るバス停まで一緒に着いてことにした。
ピンクの自転車を押しながら晴翔と並んで歩く。晴翔と二人で歩いているところを誰かに見られたらどうしようとドギマギする。でもなんだかすごく青春してるって感じ。
日が沈むのが早くなり、まだ四時過ぎなのにだいぶ暗くなっていた。セピア色の夕日がもの悲しげに世界を包んでいる。
「俺、文章書くのがそんなにうまくないんだよね」
歩きながらおもむろに晴翔が口を開いた。
「小説を読むのが好きで自分でも小説を書きたいと思って。だから文芸部に入ったんだけどいざ書こうと思ったら全然書けなくて」
晴翔が寂しそうに笑う。教室の中では見せない晴翔が私の目の前にいる。
「だから色々な小説を読んで、勉強してはいるんだけど。なかなかうまくいかなくてさ」
晴翔はそんな気持ちで毎日小説を読んでいたんだ。
ずっと小説を読むのがすごく好きな人だと思っていた。文芸部って知った時も小説が好きだからって納得してた。よく知らないのに部誌を読んで勝手に晴翔の作品を決めつけていた。
私は晴翔のことを全然わかってなかったんだ。
「文芸部にいるもう一人の一年がさ、めちゃくちゃ文章うまいんだよ。小説の公募にも何回か出してるみたいで最終選考まで残ってこともあるんだって。俺とは全然次元が違う」
確かにすごく文章がうまかった。
「この前、北光学院で岩田の模擬試合を見た時、文芸部の合評会をやってたんだ」
「ガッピョウカイ?」
「それぞれの高校の文芸部が集まって、お互いの部誌を読んで作品について批判したりするんだ」
「なんだか文芸部の試合みたいだね」
「確かに、そんな感じ」
晴翔がふふっとおかしそうに笑う。
「そこで俺の作品も読んでもらったんだけど、結構厳しいこと言われてさ……」
少林寺しかやったことがないから私には他の部活のことはわからない。特に文化系の部活なんて未知の世界の話だけど、晴翔の表情を見て文芸部の試合って言葉に晴翔がうなずいた意味がわかった。
試合で負けた時の悔しさが溢れた時と同じ顔だ。晴翔のこんな表情は見たことがない。
「自分でもわかってたことだけど、改めて言われると結構キツくてね。中にはこんな文章しか書けないならやめたほうがいいとも言われたよ」
「何それ、ひどすぎる。そんなの他人が決めるなんておかしいよ」
「岩田がそんなに怒ることないだろ」
晴翔に言われてハッとする。まるで自分が言われたみたいに怒りが湧いてきちゃった。
「なんだかすごくむかついちゃって」
「気持ちはすごく嬉しいよ」
そう言って晴翔は遠くの方を見た。
「その後だよ、岩田の試合を見たのは。落ち込んで休憩時間に廊下を歩いてたら少林寺の試合をしてた。ふらっと覗いて見たら岩田が道着を着てた。少林寺をしている岩田を初めて見た。噂はちらほら聞いたことがあったけど、実際に見てみてすごくびっくりした。少林寺をしている岩田、マジでかっこよかったぜ」
「え……」
今、絶対に顔が赤くなっている。好きな人にかっこいいって言われて嬉しくないわけないじゃん。
「でも、順位は三位だったし……」
「岩田にはいい結果じゃなかったとしても俺にはすごくかっこよく見えた。でもそれって岩田が今までずっと努力してきたからだろ」
思わず晴翔の方を見る。すごく真剣な顔をして晴翔はしゃべっていた。
「小学校の時からだっけ。何年も何年も努力して、あんなにかっこよく少林寺ができるようになった。それを考えたらなんだか勇気が湧いてきてさ。俺なんてまだ小説を書いて半年くらいだ。だから俺も何年も頑張ったらいつか岩田の少林寺みたいにすげえ小説書けるかもなって、そう思ったんだ」
恥ずかしくて思わず髪をいじる。まだシャンプーの香りは消えてはいない。どんどん体温が上がる。言葉にできない気持ちが込み上げて体中を巡っていく。
「自分には全然才能がないってこともわかっている。だけど俺は小説を書きたい。書くのが好きだから、書き続ける。俺はまだ諦めたくない」
そうやって話す晴翔の顔はすごく生き生きとしていた。目に力が入り、声に自信がみなぎっている。
なんてかっこいい顔をしているんだろう。思わず見惚れてしまう。
「だから、今はまだうまく小説が書けないけど、いつか面白い小説を書けるようになったら岩田には読んでもらいたい」
ドキっ。不意打ちの晴翔の台詞に胸がときめく。
もう、なんで自然体なのにこんなにかっこいいのさ。ずるい、ずるすぎるよ。
「うん。晴翔の書いた小説、私も読むの楽しみにしてるよ」
晴翔が書いたものなら、なんだって私は読みたい。
「岩田と話せてよかった。なんかこういう話ってなかなかできないからさ」
「私も晴翔の意外な一面を知れてよかった」
「え、どういうこと?」
「いや、普段の晴翔って小説を読んでいるところしか見ないから。なんか小説家の晴翔を見れた気がした」
「小説家なんて大げさだな」
大げさじゃないよ。私から見たら小説を書く晴翔は立派な小説家だよ。とってもギャップ萌えしてます。
「それを言ったら少林寺をしている岩田はすごいよ。まるで強い戦士に変身したみたいだった」
そんなこと言われると照れちゃうよ。
「あのさ、晴翔の小説に出てくるヒロインも変身するよね」
「ああ、あれね」
晴翔がはにかんだように下を向く。
「あれは自分を投影してるんだよね。今の自分から変わりたいなって」
なんだ、そうだったんだ。晴翔の理想のタイプに近かったかなって期待しちゃった。
「次の部誌っていつ出るんだっけ?」
「十二月の真ん中くらいかな。冬休みの前には出るよ」
「私の新人戦と同じくらいだ」
なんか偶然だけど、私と晴翔の勝負どころが重なるとそれだけで嬉しくなる。
「ここで二位までに入れば三月の全国大会に行けるんだよね」
「おお、すごいじゃん。お互い頑張ろう」
晴翔も自分のことを頑張っている。そう思うと私もまた頑張れるような気がする。恋って人を強くするんだね。
ちょうど晴翔のバス停が見えてきた。
「あと五分くらいしたら次のバスが来るな」
晴翔がちょっと寂しそうに言っている気がする。これって私の気のせいかな。
突然、一つのアイデアが思いついた。
「あのさ、晴翔」
そのアイデアを深く考えるよりも前に私の口から声が出た。
「もしよかったら、私の大会に見にきてくれない?」
私、何言ってるんだろう。
「うん、わかった。見にいく」
自分で言っておきながらびっくりするくらい晴翔はあっさり受け入れてくれた。バスがやってきた。晴翔の目の前でドアが開く。
「じゃあ、後で時間と場所、教えてくれよな」
ドアが閉まり、晴翔を乗せたバスが走り出して行く。バス停に一人、ピンクの自転車を持って私が取り残される。
ついさっきまで晴翔と二人で話してたのが、なんだかまだ信じられない。
どさくさに紛れて、晴翔のこと大会に誘っちゃった。うわー、何やってるんだろう。
スマホに一件のメッセージが届く。晴翔からだ。
「今日は寒いのに話聞いてくれてありがとう。岩田の試合、楽しみにしてる」
すぐに二件目のメッセージがくる。
「お互い、十二月に向かって頑張ろうな」
バスに乗ってすぐに晴翔はメッセージを送ってくれた。晴翔は私のことを今も考えてくれているんだ。
「私も晴翔の話聞けてよかったよ!家に帰ったら晴翔の小説もう一回読んでみるね笑」
スマホにメッセージをフリック入力する指が寒さで震えてしまう。
メッセージを送るとすぐに晴翔から返信がきた。
「帰り道、スマホいじりながらは危ないぞ」
もう、晴翔ったら優しすぎる。これじゃあ、どんどん好きになっちゃうじゃない。
ちょっとだけ道場に行って練習しようかな。
寒さを吹き飛ばすように、私は思い切り自転車のペダルを踏んだ。
ピンクの自転車を押しながら晴翔と並んで歩く。晴翔と二人で歩いているところを誰かに見られたらどうしようとドギマギする。でもなんだかすごく青春してるって感じ。
日が沈むのが早くなり、まだ四時過ぎなのにだいぶ暗くなっていた。セピア色の夕日がもの悲しげに世界を包んでいる。
「俺、文章書くのがそんなにうまくないんだよね」
歩きながらおもむろに晴翔が口を開いた。
「小説を読むのが好きで自分でも小説を書きたいと思って。だから文芸部に入ったんだけどいざ書こうと思ったら全然書けなくて」
晴翔が寂しそうに笑う。教室の中では見せない晴翔が私の目の前にいる。
「だから色々な小説を読んで、勉強してはいるんだけど。なかなかうまくいかなくてさ」
晴翔はそんな気持ちで毎日小説を読んでいたんだ。
ずっと小説を読むのがすごく好きな人だと思っていた。文芸部って知った時も小説が好きだからって納得してた。よく知らないのに部誌を読んで勝手に晴翔の作品を決めつけていた。
私は晴翔のことを全然わかってなかったんだ。
「文芸部にいるもう一人の一年がさ、めちゃくちゃ文章うまいんだよ。小説の公募にも何回か出してるみたいで最終選考まで残ってこともあるんだって。俺とは全然次元が違う」
確かにすごく文章がうまかった。
「この前、北光学院で岩田の模擬試合を見た時、文芸部の合評会をやってたんだ」
「ガッピョウカイ?」
「それぞれの高校の文芸部が集まって、お互いの部誌を読んで作品について批判したりするんだ」
「なんだか文芸部の試合みたいだね」
「確かに、そんな感じ」
晴翔がふふっとおかしそうに笑う。
「そこで俺の作品も読んでもらったんだけど、結構厳しいこと言われてさ……」
少林寺しかやったことがないから私には他の部活のことはわからない。特に文化系の部活なんて未知の世界の話だけど、晴翔の表情を見て文芸部の試合って言葉に晴翔がうなずいた意味がわかった。
試合で負けた時の悔しさが溢れた時と同じ顔だ。晴翔のこんな表情は見たことがない。
「自分でもわかってたことだけど、改めて言われると結構キツくてね。中にはこんな文章しか書けないならやめたほうがいいとも言われたよ」
「何それ、ひどすぎる。そんなの他人が決めるなんておかしいよ」
「岩田がそんなに怒ることないだろ」
晴翔に言われてハッとする。まるで自分が言われたみたいに怒りが湧いてきちゃった。
「なんだかすごくむかついちゃって」
「気持ちはすごく嬉しいよ」
そう言って晴翔は遠くの方を見た。
「その後だよ、岩田の試合を見たのは。落ち込んで休憩時間に廊下を歩いてたら少林寺の試合をしてた。ふらっと覗いて見たら岩田が道着を着てた。少林寺をしている岩田を初めて見た。噂はちらほら聞いたことがあったけど、実際に見てみてすごくびっくりした。少林寺をしている岩田、マジでかっこよかったぜ」
「え……」
今、絶対に顔が赤くなっている。好きな人にかっこいいって言われて嬉しくないわけないじゃん。
「でも、順位は三位だったし……」
「岩田にはいい結果じゃなかったとしても俺にはすごくかっこよく見えた。でもそれって岩田が今までずっと努力してきたからだろ」
思わず晴翔の方を見る。すごく真剣な顔をして晴翔はしゃべっていた。
「小学校の時からだっけ。何年も何年も努力して、あんなにかっこよく少林寺ができるようになった。それを考えたらなんだか勇気が湧いてきてさ。俺なんてまだ小説を書いて半年くらいだ。だから俺も何年も頑張ったらいつか岩田の少林寺みたいにすげえ小説書けるかもなって、そう思ったんだ」
恥ずかしくて思わず髪をいじる。まだシャンプーの香りは消えてはいない。どんどん体温が上がる。言葉にできない気持ちが込み上げて体中を巡っていく。
「自分には全然才能がないってこともわかっている。だけど俺は小説を書きたい。書くのが好きだから、書き続ける。俺はまだ諦めたくない」
そうやって話す晴翔の顔はすごく生き生きとしていた。目に力が入り、声に自信がみなぎっている。
なんてかっこいい顔をしているんだろう。思わず見惚れてしまう。
「だから、今はまだうまく小説が書けないけど、いつか面白い小説を書けるようになったら岩田には読んでもらいたい」
ドキっ。不意打ちの晴翔の台詞に胸がときめく。
もう、なんで自然体なのにこんなにかっこいいのさ。ずるい、ずるすぎるよ。
「うん。晴翔の書いた小説、私も読むの楽しみにしてるよ」
晴翔が書いたものなら、なんだって私は読みたい。
「岩田と話せてよかった。なんかこういう話ってなかなかできないからさ」
「私も晴翔の意外な一面を知れてよかった」
「え、どういうこと?」
「いや、普段の晴翔って小説を読んでいるところしか見ないから。なんか小説家の晴翔を見れた気がした」
「小説家なんて大げさだな」
大げさじゃないよ。私から見たら小説を書く晴翔は立派な小説家だよ。とってもギャップ萌えしてます。
「それを言ったら少林寺をしている岩田はすごいよ。まるで強い戦士に変身したみたいだった」
そんなこと言われると照れちゃうよ。
「あのさ、晴翔の小説に出てくるヒロインも変身するよね」
「ああ、あれね」
晴翔がはにかんだように下を向く。
「あれは自分を投影してるんだよね。今の自分から変わりたいなって」
なんだ、そうだったんだ。晴翔の理想のタイプに近かったかなって期待しちゃった。
「次の部誌っていつ出るんだっけ?」
「十二月の真ん中くらいかな。冬休みの前には出るよ」
「私の新人戦と同じくらいだ」
なんか偶然だけど、私と晴翔の勝負どころが重なるとそれだけで嬉しくなる。
「ここで二位までに入れば三月の全国大会に行けるんだよね」
「おお、すごいじゃん。お互い頑張ろう」
晴翔も自分のことを頑張っている。そう思うと私もまた頑張れるような気がする。恋って人を強くするんだね。
ちょうど晴翔のバス停が見えてきた。
「あと五分くらいしたら次のバスが来るな」
晴翔がちょっと寂しそうに言っている気がする。これって私の気のせいかな。
突然、一つのアイデアが思いついた。
「あのさ、晴翔」
そのアイデアを深く考えるよりも前に私の口から声が出た。
「もしよかったら、私の大会に見にきてくれない?」
私、何言ってるんだろう。
「うん、わかった。見にいく」
自分で言っておきながらびっくりするくらい晴翔はあっさり受け入れてくれた。バスがやってきた。晴翔の目の前でドアが開く。
「じゃあ、後で時間と場所、教えてくれよな」
ドアが閉まり、晴翔を乗せたバスが走り出して行く。バス停に一人、ピンクの自転車を持って私が取り残される。
ついさっきまで晴翔と二人で話してたのが、なんだかまだ信じられない。
どさくさに紛れて、晴翔のこと大会に誘っちゃった。うわー、何やってるんだろう。
スマホに一件のメッセージが届く。晴翔からだ。
「今日は寒いのに話聞いてくれてありがとう。岩田の試合、楽しみにしてる」
すぐに二件目のメッセージがくる。
「お互い、十二月に向かって頑張ろうな」
バスに乗ってすぐに晴翔はメッセージを送ってくれた。晴翔は私のことを今も考えてくれているんだ。
「私も晴翔の話聞けてよかったよ!家に帰ったら晴翔の小説もう一回読んでみるね笑」
スマホにメッセージをフリック入力する指が寒さで震えてしまう。
メッセージを送るとすぐに晴翔から返信がきた。
「帰り道、スマホいじりながらは危ないぞ」
もう、晴翔ったら優しすぎる。これじゃあ、どんどん好きになっちゃうじゃない。
ちょっとだけ道場に行って練習しようかな。
寒さを吹き飛ばすように、私は思い切り自転車のペダルを踏んだ。