いつの間にか外の気温がどんどん下がっている。朝の冷たい空気にやわらかなコートを着ていても体がブルっと震えちゃう。

部活にすごく集中した。先週の水曜と金曜は修也と一緒に道場で九時まで追加の練習もしたんだ。

体力的にはすごくきついけど、少林寺をしていた方が体が落ち着く。

道場には西園寺先輩と蘭先輩も来ていた。頑張っているのは私だけじゃない。一人じゃないと思うから力も湧いてくる。
 
あと一週間もすれば十二月。新人戦まで残り一ヶ月を切った。

今日は部活がお休みの火曜日。放課後に晴翔のおすすめの小説を借りるんだ。

学校の図書室は一ヶ月間本を借りられる。部活も忙しいけど二冊借りようと思う。

教室に入ると一華が席に座って、晴翔は小説を読んでいた。いつもと変わらない風景。

だけどねいつもと違うことがあるんだよ。私は心の中でヒソヒソ微笑む。

あれから毎日、晴翔とのメッセージが続いてる。お互いに返事をするのは一日に二、三通だけ。でもみんなの知らないところで二人だけの会話が続いてる。

晴翔を見ると思わずドキドキする。晴翔のメッセージはとっても優しい。このメッセージを私だけが独り占めしていると思うと嬉しくなる。

だけど教室にいる晴翔はそんなことまるで感じさせない。それがまるで隠してるみたいで余計にこそばゆくなる。


毎朝、自然に晴翔と挨拶するようになった。言葉数は少ないけど、晴翔はいつも笑顔で返してくれる。それだけで私は嬉しい。

放課後になるとすぐ、リュックを背負って図書室に向かうために廊下に出た。図書室に行くのは、文芸部の部誌を読んだ時以来。あれから一ヶ月も経ったなんて信じられない。

こそっとスマホを開いて、晴翔からのメッセージを読み返す。

本がぎっちり詰まった中を歩いていく。目当ての二冊はすぐに見つかった。この本を晴翔も読んだんだよね。手に取るとまだ晴翔の体温を感じられる気がする。

二冊の本を持ってカウンターに行く。図書委員が手際よく貸し出しの手続きを行ってくれた。

図書室を出ようとしたときに文芸部の部誌が目に入った。まだ新しい部誌は増えてはいない。十二月に発行できるように今は最終確認をしてるってメッセージで言っていた。

家にも一部あるはずなのに、また一部手にとってしまう。次はどんな小説を晴翔は書いているんだろう。部誌の表紙を眺めながら、そんなことを考えていた。

「あれ、岩田?」

急に自分の名前が呼ばれて顔を上げる。私の名前を呼んだのは晴翔だった。

その瞬間、自分の持っているものを思い出す。

「岩田、それ読んだの?」

晴翔は私の試合を見たことを正直に話してくれた。

「うん、読んだよ」

晴翔の視線が急に暗くなる。できるならこの小説の話を晴翔としたくなかった。晴翔の書くヒロインのことは聞きたくない。

「面白い、お話だったね」

話を広げたくないのに、自分からどんどん話してしまう。

「初めて読んだとき、びっくりした。文章がうまくて読むたびにどんどん物語に引き込まれた。それに出てくるキャラクターもすごい魅力的だった」

もうやめたい。なのに自分で自分を止めることができない。

「特にヒロインがさ……」

晴翔の理想のヒロインの話なんて本当はしたくないのに。

「ギャルっぽくて可愛いのが文章を読んだだけで伝わってくる。男女問わず好きになっちゃいそうなところがすごく良かった」

晴翔の書いたヒロインはすごく魅力的だった。私とは正反対であまりに素敵なキャラクターだから余計に嫉妬しちゃった。でもそれは晴翔の小説を書く実力があるからってことだもんね。

すごくショックなのに、でも晴翔の実力はすごいってことはわかるから嫌いになれない。好きだけど嫌いなすごく複雑な気分。

「ははは……」

晴翔は顔を下に向けて細かく体を揺らしながら笑っていた。きっと自分の書いたヒロインが褒められて嬉しかったんだ。

そうだよね。それが晴翔の理想なんだもん。好きな人のことが褒められたら嬉しい気持ちはよくわかる。

「あのさ、岩田。それ俺が書いた小説じゃないよ。俺が書いたのはそっちじゃない。もう一つの魔法少女のほう」

あまりの衝撃に体が固まってしまう。嘘でしょ、今までずっと勘違いしてたってこと?

「俺が書いたのはあんまり面白くなかったしょ?」

「いや、その……」

とっさのことでうまく言葉が出てこない。読んだ時はちょっと子供っぽいストーリーだし、文章が読みにくいとは思ったけど……。

「主人公がすごくカッコよかった。普段の時と魔法少女に変身した時のギャップがいい」

これは嘘じゃない。すごく強い主人公で読んだ瞬間、思わず好きになった。

「岩田って正直だね」

晴翔がそう言って低く笑う。自分より先に同じ部活の他の人のことを褒められたら気分はよくないよね。あーあ、私、やっちゃったよ。

「ごめん」

「岩田が謝ることじゃないよ。本名は書いてないんだし」

ペンネームしかないのに勝手に判断してしまった自分が憎い。

「ごめん、これから部活あるのに話しかけちゃって」

「今日、部活休みだよ。だから放課後は時間あるんだ」

あれ、私、何言ってるんだろう。でも晴翔ともっと話したい。もっと晴翔のことを聞きたい。

「この後、もう少し話してもいい?」