「行ってきます」

「お姉ちゃん、頑張ってね」

玄関で瀬菜がニヤッとしていた。瀬菜にはバレバレのようだ。太陽の光が反射してピカピカと光る自転車にまたがる。

お化粧も髪もバッチリ。時間だって早い。うん、今日の私は最高に可愛い。

昨日の夜は緊張と楽しみで全然眠れなかった。もう、すっごいドキドキする。

教室に入るとクラスにはまだ半分くらいしか人がいない。
「おはよう、理菜」

一華はもうすっかり教室にいた。そして、その隣で晴翔が小説を読んでいた。ずっと姿勢が変わらないから、私が来たことに気づいてるのかどうかわからない。

席に座って、一旦呼吸を整える。晴翔が私の香りに気がついていると思うと余計にドキドキする。よし、あとはもう気持ちを決めるだけ。

晴翔に話しかける。今日はそのために頑張ってきたんだから。

今日の私はすっごく可愛いもん。私の気持ちは止まらないんだから。思い切って晴翔の正面に行く。バクバクと心臓の音が聞こえる。

「あのさ、晴翔」

晴翔の名前を呼ぶ。そしたら晴翔はすぐに顔を上げてくれた。

さりげなく髪を動かす。私のいい香り、晴翔にもちゃんと届いてるかな。

「この前読んでた小説、私も読んだよ。すっごい面白かった」

「部活とか大変なのによく読む時間あったな」

「晴翔っていつも本を読んでるけど、毎回読む本どうしてるの?」

よし、一歩前進。ちょっとだけプライベートのことを聞いてみる。

「学校の図書室や近所の図書館で借りたりしてるな」

「へえー、すごいな。晴翔って本当に本が好きなんだね」

思わず本音がポロリと出る。すると晴翔がきょとんとした顔でこっちを見てる。

あれ、私、変なこと言っちゃった?

「自分じゃ、それが普通だと思ってたけど岩田にはそう見えるのか」

「好きなものがあるの、すごくいいなって思って」

「岩田だって小学生の時から少林寺のこと習ってるんだろ。すごく好きじゃん」

そう言われると、自分じゃよくわかんないかも。

「私にとってはそれが当たり前というか」

「さっきの俺も同じ気持ちだよ」

晴翔と二人で笑い合う。何だか私たち、思ったより似たもの同士みたい。

「俺と岩田って案外似てるのかもな」

ドキンと心臓が一瞬で飛び跳ねる。

「私も同じこと考えてた」

晴翔が思わず顔を逸らす。もしかして今、照れた?

照れた晴翔がすっごく可愛い。晴翔に可愛く思われたいって頑張ったのに私がどんどん晴翔のこと好きになっちゃうよ。

「あのさ、今度、図書室のおすすめの本教えてよ。私も読んでみるから」

「わかった。一回整理してメッセージで送るよ」

始業のベルが鳴る。楽しい時間はあっという間だ。

「じゃ、後で教えてね」

今、自分でもすごく可愛く言えた気がする。

今日の私、すごく頑張った。少しずつだけど、晴翔との距離は近づいている。自分でもびっくりするくらいヒロインに変身できたみたいな気がする。

今日は始まったばかり。よし、一日頑張ろう。