「ねえ、修也のことなんだけどさ」

月曜の昼休み。修也のことを思い切って一華に相談してみた。

「でも、修也君の気持ちもわかるな。部活に集中したり、部活のこと以外考えたくない時もあるよね」

こうやって見ると、修也と一華って少し似てるかも。好きなこと一生懸命だったり人のことを思いやることができる。二人が付き合ったらお似合いなんだけどな。

何か、私にできることはないかな。そんなことを考えていたら、教室の扉の方から「理菜ー、いるかー」と修也の声が聞こえてきた。あまりにタイミングが良すぎてびっくりしちゃう。

一華も思わずビクッとして修也の方を向いた。なぜか晴翔も修也を見た気がした。

「ど、どうしたの修也、また忘れ物?」

何だか修也のことを変に意識して声が上ずってしまう。

「ああ、また忘れ物しちゃってさ」
 
何だかいつもよりも歯切れが悪い。

「何の教科忘れたの?」

「うんと、数学I」
 
リュックの中を見る。数学Iは午前中に終わっている。

そこでハッとある考えが閃く。教科書、私が忘れたふりをしよう。そしたら一華が修也に貸す。終わった教科だから晴翔に迷惑をかける心配もない。

「あ、ごめん。私、数学の教科書忘れてたんだ。それで一華に借りたんだよね」

一華がビクッとした表情で見てくる。私は修也に見えないようにニッと笑う。

「だからごめん。ねえ一華、修也に教科書貸してあげることできる?」

「私は別にいいけど……」

一華が戸惑ったように私と修也を見比べる。ここまで私が言えば修也も一華に借りざるをえないだろう。

「あ、ごめんね、一華ちゃん。また教科書貸してもらえるかな」

修也も私の時とは違って少し気まずそうだ。

「はい、これ」

一華が修也に教科書を渡す。少し、一華の渡す手が震えていた。

「ありがとう。今日中にちゃんと返すから。理菜も忘れ物しないように気をつけろよ」

「修也にだけは言われたくないんだけど」

そう言って修也は教室を出て行った。一華が私を睨んでくる。

「突然、何言い出すのよ。びっくりするじゃない」

「ごめんごめん。でも我ながらいいアイデアでしょ?」

「まあ、そうだけど……」

「返してもらうときにメッセージの連絡先とか交換したら?」

「そんなことできないよ」

一華が珍しく、顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。照れている一華もすごく可愛い。

「他人事だからって簡単に言うけどさ。自分だってできないのに」

もう、すぐ近くに晴翔がいるんだから変なこと言わないでよ。メッセージアプリの晴翔の連絡先を私は知っている。直接聞いたわけじゃないけど、クラスのグループがあるからそこから引っ張れる。

だけど晴翔にメッセージを送ったことは一度もない。送ろうと思えばいつでも送れる。だけど同じ教室にいるときでさえ話せないのに、メッセージだけ送ったらちょっと怖くない?なんて、メッセージを送るのが怖い言い訳なんだけどね。

まずは晴翔と話せようになるのが私の目標なの。

一華は修也と普通に話せるんだし、メッセージを送ってもいいと思うけどな。

「あれ、岩田って数学の時、教科書使ってなかったっけ?」

晴翔がこっちを振り返って話しかけてきた。そっか晴翔は一華の恋のこと知らないもんね。

「これには深い事情があって。ねえ一華」

私と一華が視線を合わせい笑い合う。晴翔だけが一人だけ取り残されたようにポカンとしてこっちを見ていた。

「ふうー、読み終わった」

瀬菜から借りた小説を読み切った達成感でゴロンとベットに横になる。
 
読み終わったら晴翔にまた話しかける。心の中でそう決めていた。

部活の休みの日にまとめて読むしかない。そう決意をしたから授業が終わると、私は急いで駐輪場に向かったんだ。読み終わってもすっかり小説の世界に浸ってしまう。

やっぱり小説ってすごいよね。自分以外の別なキャラクターになれる気がする。物語の世界に入ることができる。それが楽しくて私は
ずっと小説を読むのが好きなんだ。

ご飯を食べて、シャワーを浴び終わると瀬菜の部屋に向かった。

「瀬菜、小説読んだから返すね」

「えー、もう読んじゃったの?あのシャンプー使えないじゃん」

瀬菜はあのシャンプーをすごく気に入っていた。てっきりいつもみたいに私の真似をしたいだけだと思ってた。

「あのシャンプーそんなによかった?」

「え、お姉ちゃん何も言われないの?」

瀬菜がびっくりして目を丸くした。

「あのシャンプーつけたらいい香りがするってみんなから言われたの。すっかりクラスの人気者。もうすっごく嬉しくなっちゃった」

瀬菜がキラキラした顔ではしゃいでいる。あのシャンプーそんなに効果があるの?

「もしかしてお姉ちゃん、好きな人でもできたの?」

ドキっ。もう、どうして瀬菜ってこういうところ鋭いんだろう。

「いや、そういうんじゃないけど」

「バレバレだよ、顔赤くなってるもん」

瀬菜は二ヒヒと笑う。まさか小学生にまで気持ちを見破られるなんて。

「もしかして、その本も好きな人に関係あるの?」

「もう、うるさいな。瀬菜には関係ないでしょ」

「お姉ちゃん、その人と話したりする?」

「話したりはするよ。席も近いからね」

「きっとその人もお姉ちゃんの香りに気がついているよ」

じゃあ、晴翔にもいい香りって思われてるのかな。

それを考えたら何だか急に恥ずかしくなってくる。

「お姉ちゃん、いい香りするから自信持って!」

「あ、ありがとう」

私、小学生に励まされてる。なんか複雑な気分……。

「だからさ、もうちょっとだけシャンプー貸して?」

もしかして私のこと励ましたのはこのためだったのか。舌をちろっと出す瀬菜の策士ぶりにはまいってしまう。

「わかった。あと一週間だけだよ」

瀬菜が喜んでいる姿を見たら何だか私も元気が出てきた。いっそ、瀬菜を理由にしてお母さんにシャンプーのお金半分出してもらおうかな。


ニコニコした瀬菜が浴室に向かった。

自分の髪を嗅いでみる。やっぱりいい香りがするし、とっても落ち着く。晴翔もこの香りをわかってるんだよね。

「うふふ」

思わず私は一人で笑ってしまった。