北光学院高校を出て、一華と地下鉄に乗った。

「理菜、食べたいものある?」

「ハンバーガーかな」

お昼に友達とファーストフードのハンバーガー。こういうの実は憧れてたんだ。

カウンターで注文を済ませて、店内を覗く。ちょうど混んでいる時間だったけど、たまたま一席分空いていた。

座った途端、少林寺の疲れといろんな悩みを思い出してどっと体が重くなった。一華も何だか浮かない顔をしている。さっきまでの楽しそうな雰囲気が嘘のように、沈黙が訪れる。

そろそろ何か話さないとって思ったタイミングで持っている注文番号が電光版に表示された。

注文した時はお腹が空いていたから、ビッグなバーガーとポテトのLサイズ、それにバニラシェイクまで買ってしまった。たまにはいいかと思ったけど、疲れで食欲が減ってしまった。一華はハンバーガーセットだ。ナゲットとコーラがついていた。

注文が来てもどんよりしている。何だか私までソワソワする。

ぐー。そんな雰囲気を壊すかのように私のお腹が鳴る。今じゃないでしょって思うけど、私のお腹は黙ってくれない。

「お腹すいたよね。食べちゃおっか」

疲れていてもハンバーガーはうまい。いや、疲れているから余計にうまいのかもしれない。やっぱり美味しいは正義だ。

もぐもぐとハンバーガーを半分くらい食べたところで、この空気感に耐えられなくなってきた。

「あのさ、今日、少林寺見てどうだった?」

「すごくよかったよ。今日は理菜の試合を見れてよかった」

一華の言葉がどこか空っぽに感じる。

「あのね、理菜」

一華が思い詰めた表情で言う。きっとこれから何か大事な話をするに違いない。

「私、理菜に嘘をついていたことがあるの」

やっぱり一華は私に何かを隠しているんだ。

「今日の試合のことなんだけどね……」

なんだろう。本当はつまらなかったのかな。

「少林寺の試合は見れてよかったし、すごい面白かった。理菜の試合を見たいとは思った。もちろんそうなんだけど、それだけじゃないというか……」
 
話がいまいち見えてこない。

「実は修也君の試合が見たかったんだ」

「修也の試合?何で?」

全然わからない。何で一華が修也の試合に興味あるの?

「私ね、修也君のことが好きなの」

「え。えー!」

嘘、全然そんなの気が付かなかった!

「ごめんね。理菜の試合は見たかったけど、それは半分本当で半分嘘なの」

「別に隠すことじゃないじゃん」

「でもなかなか言えないよ、こういうこと」

一華に言われてハッとする。そうだよね。私だって晴翔のこと一華に話してないし。

それでさっき苦しそうにしてたのか。それだけ一華が勇気と覚悟を持って私に話してくれたってことだよね。一華のその気持ちが私の心にじんわり染みる。

「実はさ、理菜と修也君が仲いいのすごく嫉妬してたんだ。二人が小学生の頃からの仲って言うのも知ってる。けど好きな人が異性の人と仲良くしてるのを見るのは辛いよ」

一華の気持ちはすごくわかる。

「ねえ、理菜って本当に修也君と付き合ってないし、好きでもないんだよね?」

一華が真剣な表情でぐいぐいくる。

「うん、修也のことは小学校からの腐れ縁としか思ってない」

一華が腕を組み、悩ましい表情をしている。

「私の予想なんだけどさ、修也君って理菜のこと好きだと思うよ」
 
一華の予想外の発言にびっくりする。思わずおかしくて笑っちゃう。

「いやー、ないでしょ。ないない。修也も私のことはただの腐れ縁としか思ってないよ」

「でも、部活以外でもしょっちゅう話しかけにくるでしょ」

「昼休みにはくるのは忘れ物した時だけでしょ」

「本当は忘れ物は嘘で、理菜と話したいだけかもよ」

「そんなことないと思うけど」

「実はあれも少し理菜に嫉妬してたんだ」

じゃあ、あの時って。

「前に一華が修也に古典の教科書貸したことあるでしょ。あれって修也に教科書を貸したかったからなの?」

「うん。修也君が私のもの使ってくれるって思うと嬉しくて」

そうだったんだ!じゃあ、あれは全部私の勘違いだったんだ。うわ、じゃあ、私、勘違いで一華にひどいことしちゃった。

急にふつふつと後悔と罪悪感が湧き起こる。

「だからたまに理菜に意地悪な態度をしちゃったこともあったと思う。ごめんね。理菜のこと大切な友達だと思ってるのに、嫉妬したり意地悪なことしちゃって」

一華が謝ってくれた。でもね、一華。それは私も同じなんだ。一華は私にとっても大切な友達だ。私も素直に話そう。

「あのね、私も一華に話さないといけないことがある」

今度は一華がすごいびっくりしてビクビクした顔をする。

「実はね、私、好きな人がいるんだ」

「え、誰?」

「晴翔のことが好きなの」

思い切って、一華に気持ちを打ち明けた。

「だから、一華が修也に古典の教科書を貸した時、実は晴翔のことが好きなんじゃないかって嫉妬してました」

「そうだったんだ。あの時は部活で疲れてるんだと思ってた」

あー、部活って聞いたら少林寺のこと思い出しちゃった。せっかく楽しい恋バナをしてたのに。嫌な気分になっちゃう。

「はーあ」

「どうしたの急にため息ついちゃって」

「部活のこと思い出してさ。なんかわからなくなっちゃって」

「私は理菜が少林寺しているところ見て、すごいなーって思ったけど」

「今日は全然だったよ。途中で頭の中真っ白になっちゃったし」

「そんなの見てて全然わからなかったよ」

「あれが私の本気じゃないの。まだまだ私はこんなもんじゃない」

思わず私が大きな声を出すと、一華はまたケラケラと笑っていた。

「何がおかしいのさ」

「理菜って本当に少林寺が好きなんだね」

「え、そうかな」

一華に言われて今度は私がびっくりする。私って少林寺が好きなの?

「そうだよ、少林寺が好きじゃないとそんなこと言えないよ」

どんどん心の中に渦巻いたモヤモヤの正体が掴めそうな気がしてくる。

「もう、少林寺なんかやめちゃおうかと思ってたんだけど……」

ずっと溜まっていた言葉が心の中で溢れてくる。今なら試合が終わった後のモヤモヤの正体がわかる。私、すごく悔しかったんだ。

思ったようにできなかった。一位を取ることができなかった。練習だって全然ちゃんとできてなかった。それがもう全部悔しかったんだ。

本当はすごく勝ちたい。また全道で一位になりたい。全国でもっと上に上がりたい。
 
私はただ少林寺で強くなりたい。そのために私は頑張っているんだ。

「私、少林寺をやめたくない。もっと少林寺を頑張りたい」

一華が穏やかな顔で笑っている。

「理菜が少林寺しているところを見たら、好きなのは伝わってくるよ。私は見てて素直にすごいって思ったからね」


一華に真っ直ぐな目でそんなこと言われると照れちゃうよ。

「私じゃなくても見た人はみんなそう思うよ」

自分でも気づかなかったのに、他の人は気づいてたんだ。

よーし、私、次の新人戦は本気で頑張っちゃうもんね。蘭先輩にも他の人にも負けないんだから!

「あ」

晴翔の好きなタイプのことを思い出す。

「何々、どうしたの?」

「実は晴翔の好きなタイプを知っちゃたんだけどさ」

「え、どこで?」
「文芸部の部誌に書いた晴翔の小説を読んだんだけど、そのヒロインが私とは正反対な、ギャルで生徒会長なスーパーヒロインなの!」

「それは理菜とは正反対だね」

「私みたいな武闘派女子とか好きじゃないかと思っちゃってさ」

「うーん、でも本当にそうかな」

あれ。一華、何か知っていることでもあるの?

「晴翔そんな感じに見えなかったけど」

「晴翔とどっかで話たの?」

「あれ言ってなかったけ?晴翔、今日文芸部の集まりが北光学院であったみたいだよ」

晴翔も今日、北光学院にいたってこと?

「それでちょうど時間空いたからって、私と一緒に理菜の試合見てたよ」

え、えー?晴翔が私の試合を見てたの?信じられないんですけど。
 
心の中では大変なことになっているのに、あまりにびっくりしすぎて現実ではただポカンと口を開けているだけだった。

「人って本気でびっくりしたら声が出ないんだね」

そう言って一華は残りのハンバーガーを食べ始めた。