「いい匂いがすると思ったら、噂の透山明花ちゃんじゃん」



「うわあぁっ⁉」



いきなり何⁉



……って、紅林くん⁉




いつの間に、隣には紅林くんが座っていて、私と目が合うなり「やっほー、昨日ぶり~」と手を振った。
「聞いたよー、月神の彼女の噂。ビッグニュースになってるね」
「あ、あはは……」
「あいつ、今まで恋愛に興味なさそうだったのにどうしたんだろうって、クラスでもかなり話題になってたよ。俺もまさか月神が人間を彼女にして、結婚までしようとしてるなんて思ってもみなかったけどさ」
「そ……そう、なんだ。……って、ええっ⁉」
紅林くんの口からサラッと飛び出した『人間』発言に、全身からさーっと血の気が引いていく。
「私のこと……、人間だって知ってたの……?」
「一応ね。月神ほどではないけど、俺もヴァンパイアってことで、けっこう鼻が利くタイプだから」
じゃあ、紅林くんが私の血を吸おうとしたのは、あの時すでに私が人間だとわかってたからなんだ……。
「じゃあ、昨日は月神くんの嘘に騙されたフリをしてくれてたの……?」
「そういうこと。あそこで俺が君のことを『人間だ』と言い張ったら、余計に面倒なことになりそうだと思ってね。だから、俺も君の正体を誰にも言わないでいてあげる」
「いいの? ありがとうっ……!」
言葉の節々から察するに、紅林くんは極度な面倒くさがり屋なんだろう。
でも、私からすればこれ以上ないぐらいにありがたい。
「でも、その代わり――……」
紅林くんは意味ありげに途中で言葉を切ると、私のひざの上にあるサンドイッチケースを指差した。
「そのトマトサンドをくれたらの話だけどね」
「いいの⁉ 喜んで‼」
私はサンドイッチケースを紅林くんに差し出した。
中身のサンドイッチは私の手作りで、紅林くんのお口に合うかどうかはわからないけど、トマトサンドだけで黙っててくれるなら、喜んでいくらでもあげちゃうよ!
「本当にありがとう。紅林くんって、とっても優しいんだね!」
「いや、別に。月神を怒らせたら面倒くさいだけだから」
紅林くんは私のサンドイッチケースからトマトサンドを抜き取ると、大きくかぶりつきながら答えた。
「特に狼男って、魔族の中でも抜きん出て執着心と独占欲が強くてね。恋人ができようなものなら、相手のことを全力で守ろうとするんだよね」
なるほど……。狼男って、味方にするには心強いけど、敵に回すとまずいタイプなのか。
私が腕を組んで、うんうんとうなずきながら納得していたちょうどその時。
「あ」
紅林くんがトマトサンドを食べ終わるなり、何か大事なことでも思い出したかのように声を上げた。
「どうしたの?」
「明花ちゃんさ、彼氏のことほっといて大丈夫なの?」
「え?」
「いや、すっかり言うの忘れてたんだけどさ。……俺、さっき見ちゃったんだよね」
「何?」
声をひそめる紅林くんの話の続きが気になってしょうがない。
もったいぶってないで早く教えて欲しいな……と思ったその時。
「月神が、他の女子に手ぇ引っ張られてるとこ」
「えっ? そうなの?」
「うん。たしか、講堂の方に向かってたから、たぶん告白なんだろーと思うけど」
告白かぁ……。
月神くんってけっこうモテるし、彼女がいるってわかってても、諦めない女の子の一人や二人はいても、別に何もおかしくない気がするけれど。
一体どんな子と一緒にいるんだろう? 気になる……。
「紅林くん……。その子、どういう子だった?」
「ぱっと見た感じ、モデル体型の超絶美女だったよ」
モデル体型の……、超絶美女……⁉
「気になる?」
「うん!」
「じゃあ、一緒に見に行こっか」
紅林くんはベンチから立ち上がって、いたずらっ子みたいな笑顔を見せた。