「あっ、あのー……ちょっといいかな……?」
「え? うわあっ⁉」
放課後。
クラスメイトがほとんどいなくなった教室で、おしゃべりに夢中の女の子3人組に、おそるおそる声をかけたとたん。
彼女たちはこっちを見るなり、びっくりして目を見開いた。
「えっ⁉ と、透山さんいたの⁉」
「いっ……、一体いつの間に……?」
「急におどろかせちゃってごめんなさい! あの、今日締め切りのプリントを集めてるから、提出して欲しいんだけど……」
楽しいガールズトークに水を差して悪いな。と思いつつ、日直の仕事で先生に頼まれているのでお願いする。
すると、女の子たちは「わかった」とうなずいて、すぐにプリントを持って来てくれた。
「ねえ、透山さん。もしかして、私たちをおどろかそうとして姿消してた?」
プリントを受け取った時。一人の女の子にそう聞かれて、思わずビクッと肩がはね上がる。
「あっ……う、うん! まあ、そんな感じ……」
目を泳がせながらなんとか返事をする私に、3人は興味津々とばかりに、大きな瞳をキラキラ輝かせた。
「すっごーい! 全然気付かなかった!」
「さっすが、希少魔族の透明人間!」
「あ、あはは……。ありがとう……」
あー、よかったあ……。
ちょっと挙動不審な態度は取っちゃったけど、今日も無事に自分の正体を隠し通せることが出来てよかった。と、ほっと胸をなで下ろす。
そう。私はさっきの子たちが褒めそやす透明人間じゃない。
私の本当の正体は――、街中を歩けばどこにでもいるけど、この学園では珍しい、ただの人間なのだから……。
都心部から少し離れた郊外にひっそりとたたずむ全寮制の中学校、十六夜学園。
つい先週。2学期の始業式に合わせてこの学園の2年B組に転校したばかりの私、透山明花は悩んでいた。
「この嘘、一体いつまで持つんだろう……?」
実は私は理由あって、『人間』ではなく『透明人間』として、学園生活を送っている。
なぜかって? 実はこの十六夜学園は、人間社会で暮らしている魔族の中学生のための学園なんだ。
お父さんの海外赴任が急に決まったことで、あまりよく調べもせずに転校手続きを取った結果。
転校初日にクラスメイトが竜人族に雪女に半獣人……といった魔族の子ばかりで、「現実に存在するんだ!」とかなりの衝撃を受けたのは今でも昨日のことのように覚えている。
一方、人間の生徒は私一人だけ。
まだこの学園に来て日が浅いから、最近の魔族のことはあまり詳しく知らないけれど……もしかしたら、昔からの良い伝えや民話のように、人間を食べたり利用したりする種族の生徒もいるかもしれない。
というわけで、もしものことを考えて。
今は持ち前の存在感の薄さを利用して、『透明人間』と周りに嘘をついて暮らしている。
ちなみに、この十六夜学園に転校して知ったことだけど、どうやら透明人間っていうのは希少魔族という、魔族の中でもかなりレアな種族なんだって。
『透山さんって、透明人間みたいだよね』
ほんの数ヶ月前。
前の学校で『透明人間』と呼ばれる時は、決まっていつも聞えよがしに陰口を叩かれる時だったからものすごく嫌だったけど、今は全然気にならない。
いつかこの嘘が誰か一人にでもバレたらどうしようってハラハラしない日はないけど。
何はともかく、卒業まであと1年と半年。
このまま透明人間として、この十六夜学園で平和に過ごしていけたらいいなぁ……。
なんて、思っていたのも束の間。
「お前、人間だろ」
集めたプリントを職員室に提出ようと、人気のない階段を上っていたところ。
急に背後からささやかれたその声に、私はぴたりと立ち止まってしまった。
「……えっ?」
こわごわと後ろを振り返ると、背の高い男の子の姿が私をじっと、射抜くように見つめている。
冬の月の光みたいな白銀色の髪に、透き通った琥珀色の瞳。
制服は少し着崩していて、首元に結ばれたネクタイは、私と同じ2年生の学年色である赤色をしている。
なんだか不良っぽい印象を覚える整った顔立ちをした彼は、何か不満でも抱えているかのように口を真一文字に結んでいる。
「あの、えっと……。ちょっと、何言ってるのかよくわかんないんだけど……」
引きつった顔の筋肉をなんとか動かして笑顔を作ってみせるものの、男の子はそんな私を「とぼけんな」と一蹴する。