く   走馬灯

 二日目、三日目とカレンダーはめくれるが精神科のデイケアに来てみた3人はお互い。精神病院ってこんなのって感じを浮かべていた。龍太郎は3日間風邪をこじらせてデイケアを休んでいる。1週間が過ぎ龍太郎はこの日久しぶりにデイケアにやって来た。今日は三井グリーンランドへの日帰り旅行である。むろん田中由美も同行する事になる。由美に色々人生経験を語ってくれと頼まれた龍太郎はどう由美と接したらいいか、何を喋ればいいか苦悩している。職員の配慮で行きと帰りの車中に龍太郎の助手席に由美を座らせる。
 龍太郎はデイケアにやって来るといつも冴えない表情でボーっとして一日を過ごしている。由美は龍太郎に話しかけてきた。
「今日はいつもと服装が違いますね」その時、由美の手が龍太郎の手に触れた。その時。龍太郎の身体は震えた。得体の知れない衝動に満ちた感覚である。額からは汗が「ドドッと流れ落ちてくる。由美は龍太郎にハンカチで流れ出る汗を拭いた。そのハンカチは女性らしい可愛い模様のハンカチである。龍太郎はそのハンカチのぬくもりが、一日中身体に余韻が残っている状態であった。
 三井グリーンランドに着くと、由美は龍太郎の手を握りジェットコースターへと向かった。還暦が近い龍太郎を捕まえて。由美は突然単独行動をやったのである。あまりに冴えない表情になんとかしないとという由美の思惑である。由美は行動力があり活発な性格である。龍太郎は。「それはいいよ」と抵抗したが、由美は切符を買い。ジェットコースターに二人で飛び乗った。反逆行動である。龍太郎は座席に着くと。昭和の第2次世界大戦の日本の特効隊に似た心境に陥った。その時。昔。片桐康子と一緒に行った。富士山の麓にある富士急ハイランドでの記憶が浮かんできた。この日が2度目のジェットコースターである。片桐康子は抵抗する龍太郎の手を握り強引にジェットコースターに飛び乗った。そして降りた瞬間に言いようのない、衝動感に身体全体。足からつま先までまるで神経がマヒしたような感覚に全身が覆われた。そして、コースターが頂上に向かって動き出した。龍太郎は目を力いっぱいにつむった。そして、上下左右に身体が動かされ、今にも座席から飛んでいきそうな感覚。コースターはあの頃とは全然恐怖感が違う。さらに威力が増している。そしてジェットコースターを降りた瞬間に龍太郎は恋に堕ちた。身体が「カッカと燃えてくる。そして心臓に血管が揺れてくる。やがて還暦を迎える龍太郎であった。
 帰りのバスはみんな疲れたのかぐっすり眠っている。このバスには主任の中林看護師と由美は同じ席である。
「田中さん、30分程何処へ行ってたの」
「相馬さんが具合が悪いと言ったので、ちょっと休ませていました」中林看護師はそれ以上問い詰めようとはしなかった。由美が龍太郎を見ると大きないびきをかいて熟睡している。由美もだんだん深い眠りに入っていった。龍太郎の夢の中には、愛した片桐康子が登場していた。
 昭和53年。九州から早稲田大学文学部への進学で東京へ上京してきた。上京する3か月前に両親は交通事故で他界した。大学への進学をあきらめようとしたが、当時新聞配達をしていた龍太郎は奨学金のある新聞奨学生があると聞き住み込みで働く決意をあらわにして決めた。
 毎朝新聞販売店は東京都板橋区滝野川にあった。夜行列車で東京駅に着いたのはお昼の12時である。龍太郎はお腹が減った。腹の虫がグーグーと泣いている。山手線に乗り池袋駅に着き。ホームへ降り立つと。西武デパートと東武デパートがホームを挟んで位置している。龍太郎は迷わず何故か西武デパートに足が向いた。7階に上がり腹の虫が泣くのを我慢できない。真っ先に入ったのは、とんかつ屋であった。昼時という事もあり店内は満杯である。外で様子を伺っていると店員さんが寄って来た。
「学生さん。相席でいいですか」
「ええ」
店員が差した席には若い女性が座っていた。龍太郎の鼓動がゴクゴクと唸る振動が頭に響いてくる。
すると女性は軽く挨拶を交わした。龍太郎はドギマギ。何か喋らないといけないと。頭では考えるものの口に出てこない。すると、
「タバコ吸うの」
「いや」女性は言葉を続けた。
「イギリスに行って来た帰りなの。これ、イギリスのタバコ。受け取ってプレゼントするわ」龍太郎は震える手で受け取った。龍太郎はポケットから太宰府のキーホルダーを出して。女性に渡した。
「これ、受け取って下さい」
龍太郎は早稲田大学の受験に受かるように福岡県の太宰府に家族と言って買ってきたものであった。龍太郎は両親の形見として大事にしていた。
「俺。相馬龍太郎」
「私は片桐康子」二人は赤い糸で結ばれていたのかもしれない出逢いであった。
「これから、富士急ハイランドに行きません」
「ハイ」龍太郎はお昼の15時に販売店到着と毎朝新聞の店長にハガキを出したのを忘れていた。二人は片桐康子の運転する車で翌日静岡県にある富士急ハイランドに到着した。そして。ジェットコースターに乗り込んだのである。帰りは夜の横浜にある山下公園に立ち寄った。そしてホテルで一夜を共にした。朝、片桐康子が目を覚ますと相馬龍太郎はいなかった。
 龍太郎は夜の東京をさまよい続けた。龍太郎は感情のコントロールが頂点に達して、精神に異常をきたしたのだ。そして、山手線の品川駅でホームから電車に飛び込んだ。大勢の鉄道警察官がやって来て、かろうじて龍太郎の身体に接触する手前で電車は急ブレーキをかけて停止したために命に別状はなかった。しかし、龍太郎は身分を証明するものは何一つなかった。精神病院に担ぎ込まれて医療保護入院となる。それから、40年間。シャバで生活する事はなかった。