春の柔らかな日差しが降り注ぐ午後、引っ越しトラックが緑町の閑静な住宅街に姿を現した。11歳のユウキは、車の窓から新しい家を見つめていた。白い壁と赤い屋根の二階建ての家。庭には桜の木が一本、淡いピンクの花を咲かせている。
「ユウキ、到着したわよ」母の声に、ユウキは我に返った。
車から降りると、新鮮な空気が肺いっぱいに広がる。東京の喧騒とは違う、穏やかな雰囲気がユウキを包み込んだ。
「どう?新しい家が気に入った?」父が笑顔で尋ねる。
ユウキは少し考え込んでから答えた。「うん、いい感じだと思う。でも...」
「でも?」
「友達ができるかな...」ユウキの声には不安が滲んでいた。
母が優しく肩を抱く。「大丈夫よ。きっとすぐに友達ができるわ。ユウキは優しくて面白い子だもの」
その言葉に少し勇気づけられたユウキだったが、心の奥底では依然として不安が渦巻いていた。
翌日、ユウキは緊張した面持ちで新しい学校の門をくぐった。桜並木の下を歩きながら、ユウキは深呼吸を繰り返す。「大丈夫、うまくいくはず」と自分に言い聞かせた。
教室に入ると、好奇心に満ちた視線が一斉にユウキに向けられた。担任の佐藤先生が優しく微笑みかける。
「みんな、今日から新しい友達が来ました。山田ユウキくんです。みんなで仲良くしてあげてくださいね」
ユウキは緊張しながらも、はっきりとした声で自己紹介をした。「山田ユウキです。東京から引っ越してきました。よろしくお願いします」
クラスメイトたちからは温かい拍手が起こり、ユウキは少しホッとした表情を見せた。
休み時間、何人かのクラスメイトがユウキの周りに集まってきた。
「東京ってどんなところ?」
「好きな食べ物は何?」
「趣味は?」
質問攻めにあったユウキは、少し戸惑いながらも一つ一つ丁寧に答えていった。その中で、特に印象に残ったのが隣の席の女の子、ミサキだった。
「ねえ、ユウキくん。図書館は好き?」ミサキが瞳を輝かせて尋ねた。
ユウキは少し驚いた表情を見せながら答えた。「うん、好きだよ。よく行くよ」

二人は目を合わせ、思わず笑顔になった。その瞬間、ユウキは何か特別なものを感じた。初めて出会った人なのに、長年の友達のような気がしたのだ。
放課後、ミサキはユウキに声をかけた。「良かったら、一緒に帰らない?家の方向が同じみたいだし」
ユウキは嬉しそうに頷いた。「うん、ぜひ!」
帰り道、二人は好きな本や作家について熱心に語り合った。ユウキは、ミサキの知識の豊富さに感心した。
「ねえ、ユウキくん。この町には大きな図書館があるんだよ。今度一緒に行ってみない?」ミサキが提案した。
「本当に?それ、楽しそう!」ユウキは目を輝かせて答えた。
別れ際、ミサキは笑顔でユウキに手を振った。
「また明日ね!」
その夜、ユウキは日記を書きながら、新しい生活への不安が少し和らいだことに気づいた。ミサキという友達ができたこと、そして明日への期待が胸に広がっていた。
窓の外を見ると、満月が優しく輝いている。ユウキは心の中でつぶやいた。「新しい町、新しい生活。きっと大丈夫だ」
そして、まだ知らなかった。この町で、そしてある不思議な図書館で、自分の人生を大きく変える冒険が待っていることを。