「華族の務めとはいえ、好きでもない輩の相手に嫁ぎたくないのだろう。それなら俺の元に来るが良い。俺ならこの因習を変えられる。その徒恋さえも」
「そんなことが出来るんですか?」
「天地開闢以来、この国は実質七龍に全てを定められてきた。五龍が司る龍脈によって国の安寧を左右され、不均衡が起きないように国の各地で五龍と共に五人の人間が龍脈の管理をさせられる。七龍に選ばれたというだけで、享受するはずだった幸福や人生を捧げてまで……」

 一息に言い切った晶真は大きく息を吐く。

「形代と呼ばれて龍脈の管理を任される彼ら人間たちは、さながら人柱だ。それなのに何も知らないこの国の民は不平ばかりを口にする。雨量が多い、日照時間が少ない。雨季が長い、乾季が短いなどと言ってな。彼らは不満を口に出来る幸せに気付かず、その幸せが形代たちの犠牲の上に成り立っていることに気付いていない。あまりにも身勝手だ! なんとも傲慢な……っ!」

 昌真の語気が荒くなったかと思うと、黒々とした瞳の奥で煮えたぎるような憤懣の炎が大きく燃え上がる。
 俯瞰しながらもこの国の民を激しく恨む晶真の姿は、まるで自らの力を過信して神の領域に到達しようとした傲慢な人間たちを裁こうとする神のようにも思えてしまう。

「そんな彼らを守護し、そして今も国の趨勢を決めているのは七龍だ。ある意味、俺たち人間は七龍に支配されていると言っても過言では無い。俺はその状況を変えたい。人は人らしく生きるべきだ。七龍に選ばれた特定の人間だけが不自由を被るこの体制を打破し、傲慢な人間たちを一掃する。そのためにも七龍には消えてもらわなければならない」
「七龍を消すなんて出来るんですか? それに人間を一掃するなんて……」
「方法はある。どのみち七龍の加護を失えば、均衡が崩れたこの国はあっという間に傾く。そこで内乱の勃発や自然災害の発生、疫病の蔓延や他国の干渉が起こったのなら、開闢以来七龍に傾倒していたこの国は建て直す間もなく滅びるだろう」

 この七龍国には建国時から国を守護し、国民を庇護する七体の龍が存在しているが、国家の体制もそんな七龍に依存するような構造となっている。
 国に繁栄と平和をもたらす龍脈を司る五体の龍と、人間と龍の信頼関係を見守り続ける二体の龍。そして彼らの庇護下に置かれ、七龍に全てを委ねるこの国の民たち。
 彼ら国民は事あるごとに聞き募った意見や嘆願を携えては、各地を守護する五龍の元を訪れる。蛍流の元を度々訪れていた政府の役人たちのように。
 どんな手間勝手な要望であっても、民の信仰心によって成り立つ五龍たちは願いを叶えなければならず、またいかに理不尽な内容であろうとも五龍の形代たちも逆らうことは許されない。
 七龍と一連托生の関係である形代が七龍の意志に抗うことは、龍脈の乱れを意味する。龍脈が滞れば国の平穏を脅かすことにもなり、ひいては国が荒廃するきっかけや他国が付け入る隙を生み出す。
 形代と七龍の意見が分かれるということは、自ら国を危険に晒すことでもあり、国に反旗を翻しているのも同じであった。

「国家の滅亡により七龍を盲信していた傲慢な人間は死に絶え、それにより太古より続く固い絆と厚い信仰心で結ばれた両者のバランスは崩れる。これまで釣り合っていた七龍と人間の関係は瓦解し、七龍に心酔しきっていた生き残りの妄信者たちも、自分たちを庇護する新たな崇拝の対象を求めて余所に行く。残された者たちで、新たな国家の体制を樹立させざるを得なくなる。それこそが俺の狙いだ」

 七龍が失われることで国は乱れ、信仰心の薄れがより一層七龍からの不信を呼ぶ。それにより七龍との繋がりは完全に絶たれ、国はますます混沌と混迷を極めるだろう。
 その最中に国内外で問題が発生したのなら、七龍の手を借りずに人間だけで解決する方法を知らないこの国は、立て直す間も無く一気に滅亡に向かう。ここにきて七龍に依存した国の体制を維持してきた弊害が生じるのは想像に難くない。
 ある意味、これまで七龍に頼って自分たちが何もしてこなかったツケが回ってきたとも言える。
 七龍の助言なくして残された人々は自ら国家を建て直さければならないが、それは一朝一夕で出来ることでは無い。
 そしてそんな体制を長きに渡り維持させたのは、間違いなく七龍を過信して妄信してきた人間たちであり、旧体制を敷いてきた人間たちとの間で軋轢が生じることは想像に難くない。