「遠いところからわざわざ伴侶が来たっていうのに出迎えもないわけ。まったく……輿入れしてくるって分かっているのに、女中や下男もいないのかしら」

 火ともし頃になって屋敷にやって来た和華だったが、第一声として上げたのは不満であった。実家から伴って来た数人の女中と大荷物を持った下男たちを引き連れ、まるで最初から自分の屋敷のように我が物顔で踏み入ってきたのだった。

「お前が和華か」
「貴女が噂の青龍さま? まぁ、なんて素敵な殿方なの!」

 遅れて出迎えに出て来た蛍流に和華が声を弾ませる。しかし蛍流の後ろから海音が顔を見せると、和華は醜いものを見たかのように一瞬だけ顔を歪めたのだった。

「あ……お姉さま、お会いできてとっても嬉しいわ! 嫁いでから一度も便りが無かったから心配していたの。もしかしたら青龍さまに喰われちゃったかもしれないって」
「和華ちゃん。ううん、そんなことを無いよ。蛍流さんにはとても良くしてもらっているの」
「へぇ、そうなのね……紛い物の癖に」

 最後の一言だけ声を低くして吐き捨てるように呟いた和華だったが、すぐに蛍流に媚びるように笑みを向ける。

「それより慣れない山道で歩き疲れてしまったの。一度部屋で休ませてもらってもいいかしら?」
「ああ。それなら案内しよう……」
「青龍さまの手を借りるまででもないわ。そうよね、お姉さま?」
「えっ、私?」
「そうよ。だって女中でしょ。この屋敷の。そうじゃなかったら身分を偽ってここに来たはずのお姉さまが、未だに居るわけがないもの。青龍さまの温情で女中として置いてもらっているのでしょう? それなら女中として主人をもてなすのが仕事じゃない?」
「わ、私は……」
 
 鈴が鳴るような和華の愛らしい声がじわじわと海音を責め立てる。言葉に詰まっていると、蛍流が助け舟を出してくれる。

「勘違いしているようだが、海音はおれの食客だ。多忙なおれの代わりに、屋敷のことを手伝ってもらっている」
「食客? 女中とたいして変わらないじゃない。やっぱり青龍さまに情けをかけてもらったのね」
「違う! 私は蛍流さんの……」

 そこまで言い掛けて言葉に詰まってしまう。自分は蛍流にとってどんな存在なのだろう。

「蛍流さんの……」
 
 言い淀んだ海音を心配して、蛍流が「海音?」と小声で呼びかけてくれるが、一方の和華は鼻で笑い飛ばしただけであった。

「何も言えないってことは、やっぱりただお情けで置いてもらっていただけなのね。とにかく部屋に案内してもらえるかしら。荷解きもしたいし、着替えたいの」
「和華」
「私は大丈夫です。案内す……案内しますね」

 蛍流の顔を見ないようにしながら、昨晩まで使っていた自分の部屋に和華を案内する。和華は「そうじゃなくっちゃ」と満悦した顔を浮かべていたが、海音はただ唇を噛みしめて掌を握りしめる。
 これから先のことを考えて、ここは穏便に済ますべきだろう。蛍流と和華は長い時間を共に過ごすのだ。二人の間に軋轢は生まない方が良い。
 そう自分に言い聞かせながら和華を部屋まで案内するが、部屋に入った途端、和華は不満そうに眉間に皺を寄せたのだった。