「ひどい……。どうして清水さまは茅晶さんを追い出すように命じたんですか?」
「清水は茅晶がここにいると、青龍の龍脈に悪影響を及ぼすと話していた。おれは反対したが、形代が七龍に逆らえるはずも無く……結局、命じられた通りに茅晶をこの山から追い出した。この世界でたった一人の家族を……。それ以来、茅晶の行方は依然として知らない」

 青龍の命に茅晶は抵抗したが、最終的には蛍流の命を受けた政府の役人よって、半ば強制的にこの山から連れ出されることになった。師匠や茅晶がいなくなった屋敷は、蛍流一人には広く静かに感じられた。

「三人で暮らしていた頃は、一日があっという間に過ぎていったが、一人になった途端、とても遅くなったように感じられた。一人この屋敷で過ごす中で、そして師匠の後継者たる青龍の形代としての日々を過ごしている内に、次第に誤った選択をしたのではないかと不安が募り始めた。おれがするべきは茅晶を追い出すのではなく、茅晶がここに居られるように清水を説得することではなかったのか、と」
「茅晶さんを探そうとは思わなかったんですか? もう一度、ここで一緒に暮らしたいと」

 蛍流はゆるゆると首を振る。一度七龍の形代となった以上、七龍の意志に背くということは、七龍の力を取り上げられることになるらしい。力を取り上げられた後は七龍によって罰を与えられ、最悪の場合、死に至るとも。
 そのため蛍流は茅晶と連絡を取るどころか、探すことさえ出来ずにいるという。

「その不安が青龍の力までも不安定にさせているのか、おれが代替わりしてからの青の地は未だ安定していない。師匠が青龍の形代だった時と比べて、時季外れの雨が多く、川の氾濫が危惧されるまでになっている」
「でも……ここ数日は晴れていますよ。雨は多いかもしれませんが、それはこの時期によくある菜種梅雨ってものでは……」
「それはおれの感情が安定しているからだ。少しでも感情が昂ると、青龍が治める水の龍脈が乱れて天候が崩れてしまう。解決策が見つからない以上、常に平静を保たなければならない。喜びや悲しみといった喜怒哀楽を控えなければならない」
「そんなのおかしいです! 蛍流さんだって、私たちと同じように笑ったり、泣いたりして良いはずです。何か方法があるはずです。師匠さんや歴代の青龍さんたちが残していないか探してみましょう」
「無駄だ。おれだってこれまで手を尽くして調べた。清水に聞いても同じだった。何も分からなかったどころか、これまで異なる世界から来て、七龍の形代に選ばれた者は一人としていないことが判明しただけだった。おれだけが異質なのだ。この世界の住人でも無いのに、七龍の形代になったおれが……」

 この世界に来たばかりの海音が感じていたように、蛍流にとってもこの世界の住人では無いという生まれ育った世界の違いは負い目でしか無いのだろう。
 同じ場所にいるはずが、自分だけが周りとは違う空間にいるような気がする。考え方や視点が違うからなのか、どうしてもこの世界の住人たちとは相容れないように思えてしまう。それが孤独と寂しさを生み出し、世界から隔絶されているような疎外感を抱くことになる。

「頼りになる師匠はいない、心を許せる茅晶も。何も無くなってしまったおれは、ただ遮二無二青龍としての務めを果たそうとした。師匠の姿を思い出し、残してくれた書き置きを何度も読み返した。それでも力は不安定なままだった。雨季に関する政府や民からの嘆願は届くばかりで、根本的な解決策は何も見つからないまま。ただ時間だけが過ぎ去っていく中で、一つの可能性を見出すようになった。それが七龍の形代と共に生きる存在――伴侶だった」
「それで和華ちゃんに嫁入りの申し出をされたんですね」
「師匠の遺言通りに伴侶を迎えれば、この不安定な青龍の力が安定するだろうと考えた。心を寄せて想いを重ねて、師匠や茅晶の時と同じように信頼関係を結べれば、あるいは……」
「でも和華ちゃんは……」
「おれの噂を聞いて来なかったのだろう。代わりに嫁いでくれる相手を和華が探して、そうして来てくれたのが海音――お前だった」
「あの噂だっておかしいです。蛍流さんはこんなに優しい人なのに、冷酷とか無慈悲とか、冷涼だとか。全然そんなことはないのに。いったい誰があんな噂をっ……!」
「誰でもない。あの噂を流すように頼んだのは、他ならぬおれ自身だからな」
「蛍流さんが? どうして……」

 急に蛍流は音も無く立ち上がったかと思うと、「少し待っていろ」とだけ言って部屋に戻ってしまう。そうしてすぐに戻ってきたかと思うと、スクラップブックのような和綴じの本を手にしていた。

「それは?」
「雲嵐殿に持って来てもらう新聞を切り抜いてまとめたものだ。元は師匠がまとめていたものだが、今はおれが後を継いでまとめている」

 行商に来る雲嵐が習字に必要な道具とセットで、毎回数日分の新聞を蛍流に届けているのは知っていたが、それがこんなことに使われていたとは思わなかった。
 渡された本を開いた海音だったが、すぐにハッとして息を呑む。紙を捲って他のページも確認したが、そこに収められている記事は全て同じ内容、あるいは似た内容について扱っているものであった。