「その茅晶さんと連絡を取る方法なんていうのは、流石に無いですよね……」
「そうだね……。この山を降りた以上、どこに居るかなんて蛍流ちゃんにも分からないだろうし……。そもそも国内に居るのかどうかさえも、分からないんだよね……。嫁御ちゃんは茅晶ちゃんに会いたいの?」
「会いたいというよりは、茅晶さんなら蛍流さんの力になれると思ったんです。私では限界がありますが、蛍流さんのことをよく知る茅晶さんなら、今の蛍流さんがどんな気持ちかも分かるんじゃないかって」

 蛍流が抱える孤独を解消する唯一の方法。それこそ正式な伴侶を迎え入れることだろう。
 以前、蛍流から借りたこの国の成り立ちに関する歴史書にも書かれていた。『久遠の時間を生きる人間を支える者として、同等の歳月を過ごせる伴侶を迎えて孤独を慰めるようになった』と。
 伴侶では無い自分には出来ることに限りがある。その一つが別れだろう。
 只人である海音は間違いなく青龍である蛍流よりも先に老いて逝ってしまう。永遠に近い年月を生きる蛍流を支えることが出来るのは、ほんの一瞬しかない。
 海音を喪った蛍流は、また喪失感に悩まされることになる。それは海音の望むところではない。
 伴侶の役割というのは、親兄弟や知人と違う時間を生きる七龍たちの心に寄り添い、無聊を慰める存在なのだろう。この国を守る守護龍たちというのは、早い話が人柱だと海音は思っている。
 国の安寧のために自分の身も心も、そして時間さえも捧げて、七龍と共に生きる。役目から解放される、その時まで。
 神である七龍と同じ年月を生きるということは、途方も無い時間を過ごすということ。親兄弟や知人がいなくなってもなお、生き続けなければならない。無限の時間というのは、生き地獄とも言えるだろう。
 そんな七龍たちに寄り添う伴侶もまた同じ。家族や友人たちと別れて、七龍たちの元に嫁いでくる。元の生活が恋しいと思っても、もう戻ることは出来ない。
 お互いが同じ孤独と喪失感を抱えて、苦楽を共にする。同じ傷を持つ者だからこそ、誰よりも相手を理解し合える。
 それこそがあの歴史書に書かれた、七龍と伴侶の本当の意味――。
 
「確かに、茅晶ちゃんは蛍流ちゃんについて詳しいかもしれない。でも、()の蛍流ちゃんのことはあまり知らないと思うよ」
「今の蛍流さん……?」
「蛍流ちゃんが青龍になって二年。この二年の間に、蛍流ちゃんも随分と大人になった。身体も大きくなって、雰囲気も大人になって、茅さんのように立派な青龍になってきた。本人はまだまだ未熟って思っているかもしれないけど、代替わりしたばかりの七龍の中では、かなりしっかりしている方だよ。これも、今まで青龍としての務めを果たす茅さんの背中を見てきた証拠だね」
「それなら今の蛍流さんを詳しく知る人っていうのは誰ですか?」
「君だよ。嫁御ちゃん」
「私ですか? でも、私は……」
 
 縋るように雲嵐を見つめれば、思ってもみない答えを返されてしまう。まだ蛍流と出会って数日しか経っていない自分――それも伴侶でも無い自分が、蛍流のために何が出来るというのか。自信を失くして肩を竦めていると、雲嵐は大したことないというように笑みを浮かべる。
 
「嫁御ちゃんが()()なんて関係ない。きっと今の蛍流ちゃんは、嫁御ちゃんと仲直りしたくても、どうしたらいいのか分からなくて困っているだけだと思うよ。ほら、蛍流ちゃんは少年だから。ここは嫁御ちゃんからきっかけを作ってあげて。せっかく()()も揃っているんだからさ」

 今回雲嵐には蛍流に内緒である物を二つ持って来てもらった。どちらも謝罪と同様に未だに蛍流に対して出来ていない、習字を教えてくれたお礼であった。
 一つはとあるお菓子を作る材料、もう一つは既製品。
 本当はどちらも自分の手で作りたかったが、どうしても片方は元の世界で使っていた材料が見つからず、泣く泣く既製品を用意してもらった形だ。

「蛍流さん、喜んでくれるでしょうか……」
「嬉しいんじゃない。茅さんや茅晶ちゃんと暮らしていた時は、茅さんが作ってくれるこれが大好きだって、本人が話していたくらいだもの」
「それならいいんですが……。ただ私自身が久しく作っていないので、上手く作れればいいのですが……」

 これが蛍流とまた元の関係に戻るきっかけとなればいい。そのためにも海音は子供の頃の記憶を頼りに、このお菓子を完成させなければならない。
 慣れないこの世界の道具を使いこなせるかどうか、まずはそこから始めなければ。

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