「蛍流さんの手が大きくて、綺麗だなって思って……」
「そうだろうか? おれからしたら、お前の手の方が余程綺麗に見える」

 手を貸すように言われて両手を差し出せば、海音の両掌に蛍流は自分の両掌を重ねる。ハイタッチをするかのように身体の前でお互いの両掌を合わせれば、大きさの違いは一目瞭然だった。

「ほら、おれとお前では第一関節分も指の長さが違う。皮膚の硬さや指の太さ、掌の大きさまでも……このまま握ったら、お前の美しい手を潰してしまいそうだ」
「潰れませんよ。見てて下さい……」

 何気なく海音が蛍流の両掌を握りしめれば、安心したのか蛍流も優しく握り返してくれる。本当の恋人のように指を絡めて手を繋いでいると、やがて蛍流の掌からほんのりと熱が伝わってきたのだった。

「蛍流さんの手、温かいですね……」
「お前の手が温かいからだろう」
「私よりも蛍流さんの手が温かいから、温かいように感じるんです」

 掌を通じて身体中が熱に包まれているかのように、安堵の息を吐いて小さく笑みをこぼす。不思議とどこか昔懐かしささえ覚える。海音の父親の手はもう少しひょろりと細いので、もしかすると過去にもこうして蛍流のような手をした人物と手を繋いだことがあるのかもしれない。覚えがあるとすれば、十年前の男の子ぐらいだが……。
 そんなことを考えながらも、この世界に来てから久しく得られなかった誰かと心を通わせる幸福な瞬間に、海音はすっかり酔い痴れてしまったのだった。
 どこか名残り惜しい気持ちになりながらも、お互いにそっと手を離す。この温かさを忘れたくないと思った海音は、蛍流の体温が残っている内に掌を自身の胸元に当てる。そんな海音の様子に圧倒されたのか、蛍流は終始頬を赤くしながら見守っていたのだった。

「そろそろ良いだろう。お前の部屋に行こう」

 そう言って、照れ隠しなのか顔を隠しながら立ち上がった蛍流の後に、「はっ、はい!」と咄嗟に返事をした海音も続く。その弾みで、文机に置かれていた紙が足元に落ちてくる。何気なく拾って目を通した海音は、蛍流の流麗な墨字で書かれた内容に冷水を浴びせられたような衝撃を受けてしまう。

『身代わりの彼女に次の居場所と、伴侶の手配を引き続き依頼』

 胸が苦しくなって、息が出来なくなる。胃がキリキリと痛みだすのを感じながら、何事も無かったかのように紙を拾って元の場所に戻す。
 蛍流の数歩後ろを歩いていると、自分の中から全てを否定するような冷たい声が聞こえてくる。わかっていたでしょ、と。

(あくまでも私は伴侶の身代わり。蛍流さんの伴侶にはなれない。だから……想いを寄せてはいけない)

 たとえ蛍流がどんなに優しい好青年であっても、伴侶になれない海音と結ばれることは決してない。いずれ本来の伴侶である和華が嫁いで来たら、蛍流がくれるこの優しさと温もりは和華のものとなる。
 本来であれば伴侶じゃないと蛍流に知られた時点で、海音は身代わりの役割を失敗したことになる。そんな海音に蛍流が優しく接する理由は無いので、この幸福は本当なら得られるはずが無かったもの。それを身代わりの海音は忘れてはならない。
 この幸せはあくまで和華が来るまでの一時的なもの。勘違いして想いを寄せるようなことがあってはならないのだから――。
 
(この時間が永遠に続けばいいのに……)

 蛍流と過ごす穏やかで幸せな時間。恋慕の気持ちを寄せてはいけない相手なら、せめてこの二人きりの時間が少しでも長く続くことだけを祈らせて欲しい。
 そう海音は願ったのだった。

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