「灰簾家には伝えてくれたのでしょう。()()()()伴侶を送って欲しいと」
「一応、伝えたよ。灰簾子爵は、『青龍さまからは、青龍の伴侶に選ばれた()を嫁に迎えたいと言われたので、指示通りに()()()()()を送った』の一点張りだったけど。でもこれも想定通りの返答かな。最初に伴侶を迎えたいって言った時に、和華ちゃんを名指ししなかったもんね」
「こちらからは『青龍の伴侶を()()する灰簾子爵家の娘を伴侶として迎えたい』としか伝えませんでした。あの時は灰簾子爵に子供は一人しかいないと聞いていたので。まさかそれが裏目に出てしまうとは思いも寄りませんでした」

 今年に入って、青の地ではとある噂が囁かれるようになったと雲嵐から報告を受けた。それが『灰簾子爵家の娘が青龍の伴侶に選ばれたと自ら触れ回っている』いうものであった。
 当の青龍である蛍流自身は伴侶の存在を感知していなかったので、この噂は寝耳に水の知らせだった。清水からもそんな話は聞かされていない。
 そこで本当に和華が蛍流の伴侶なのか、その噂の真偽を確かめるために、蛍流は和華の嫁入りを願い出たのであった。

「いいんじゃない。つまり灰簾家が海音ちゃんを伴侶として寄越してきた時点で、海音ちゃんも自分の娘だって認めたようなものでしょう。今後和華ちゃんを伴侶に迎えて、海音ちゃんにここを出て行ってもらうことになっても、少なくとも海音ちゃんは灰簾家の後ろ盾を得ていることになる。どこか評判の良い華族の屋敷で女中として働くことも、灰簾家の名前で華族に嫁ぐことだって出来るんだし。異なる世界から来た人たちの中では、随分と待遇が良い方だと思うよ」
「そうですね……。それなら灰簾家には海音と灰簾家との関係を証明する書面を提出するように伝えて下さい。本当に海音を灰簾家の娘として言い張るのなら、彼女の戸籍くらいは用意してもらいましょう。公式な文書として記録を残しておけば、少なくとも今後も灰簾家は海音との関係を証明せざるを得なくなりますから」

 灰簾家の海音に対する仕打ちは到底許されるものではないが、唯一この世界に来たばかりの海音を保護して、形ばかりは丁重に扱ってくれたところだけは感謝しても良いとさえ思っている。そうじゃなければ、今頃海音はもっと酷い目に遭っていた。
 不幸を招く存在としてこの世界の人たちに忌避されている異世界人が辿る末路は、いずれにしても悲しいものばかり。
 元の世界に帰れず、親しい人たちと会えず、一人寂しく最期を迎える。それも布団の中で迎えられたらまだまともな方。
 ほとんどの異世界人は炭鉱や工場などの環境が悪いところで強制労働に従事させられるか、人買いによって遊郭に売られるか。女性の海音は圧倒的に後者の可能性が高い。

「今回の伴侶の件、清水さまは?」
「無言を貫いています。本当に伴侶として和華を選んだのかさえ、答えてくれません」
「清水さまはだんまりか。ボクの方も本当に和華ちゃんが伴侶かまでは断定出来なかったんだよね」
「和華について、新しく判明したことはありますか? 龍の痣を持っているのかどうかだけでも」

 和華に伴侶の申し出をするより前に、一度雲嵐に頼んで灰簾家について調べてもらったが、華族が集まる社交界での灰簾家の評判は悪く、あまり良い噂を聞かなかった。政治家である灰簾子爵は横柄な態度で嫌われ者な上に、政治資金の横領や裏金の噂まである黒い人物。灰簾夫人も女中に手を上げることで有名、娘の和華も身分が低い女学生たちに対して悪質な虐めを繰り返している。
 その噂を聞いた時は、そのような黒い噂を持つ灰簾家の和華を伴侶に迎えることを躊躇ったが、この青の地の安寧のために背に腹は代えられぬと申し出をしたのだった。
 
「和華ちゃんの方がかなり厳しくてね。誰からも情報を得られなかったよ。和華ちゃんの世話役を任されているのは、昔から灰簾家に仕えてきた忠誠心の塊みたいな女中さんだけ。せめて和華ちゃんの背中に何かしらの痣があるかだけでも聞き出したかったんだけど、そういった世話役ほど口を割らなくてさ」

 七龍に選ばれた伴侶が龍の痣を持っていることは、七龍と一部の人しか知らない秘匿事項でもある。
 伴侶を選定した七龍と七龍の形代以外の人たちが、七龍に選ばれた伴侶なのか見極める手掛かりは龍の形をした痣しか無い。そのため、かつてはこの話が広く知られていたが、ある時、自分の娘を七龍の伴侶に仕立て上げて多額の支度金を政府から巻き上げようと、娘の背中に龍の痣に似せた彫り物を施させる者が相次いだ。
 そこで事態の悪化を鑑みた政府が伴侶に関する一切の情報に対して箝口令を敷いて、あたかも痣に関係なく七龍が望んだ者なら誰でも伴侶になれるように見せかけることにした。
 結果、龍の形をした痣の話は時代の移り変わりと共に人々から忘れ去られ、今では知る人ぞ知る言い伝えといった形に落ち着いたのだった。