「神気を感じ取れないことを疑問に思って、鎌をかけて背中を確認したところ、案の定、伴侶の証である龍の痣がありませんでした。それで彼女が偽りの伴侶だと気付いたのです」
海音が伴侶である和華の身代わりで来たと本人から聞くまで、蛍流は海音が和華をかどわかすか、亡き者にして入れ替わったとばかり思っていた。
しかし、実際は和華の代わりとして事情も良く知らないままここにやって来た、ただの身代わり。蛍流たち青龍の婚姻に巻き込まれた無関係な異世界人。
この世界に異世界人が迷い込んでくることは珍しくない。ただこの世界の人たちは、異世界から来た人たちのことをこう考えている。
――国に凶兆を及ぼす、不吉な存在である、と。
異世界人が現れた土地には近い内に不幸が起こる。災厄か災害か、それとも土地を守護する七龍の崩御か。いずれにしても、良い印象では受け取られない。
「だから、青龍さまは昨日の朝早くからボクに調査を依頼してきたんだね。いつもの青の地の視察に加えて、身代わりとして来てしまった海音ちゃんと、本来伴侶としてやって来るはずだった和華ちゃんについて」
「結果はどうでしたか?」
「まず海音ちゃんについてだけど、概ね本人が言っていたことと間違いは無いと思うよ。灰簾家に出入りする使用人や商人にそれとなく聞いたところ、海音ちゃんは六日前に突然和華ちゃんがどこからか連れて来たらしいし。その日から三日間は灰簾家が雇った家庭教師たちに、みっちりと行儀や教養を身に付けさせられていたって。睡眠時間を除いてほぼ一日中」
「六日前……まさに灰簾家から輿入れの日程を遅らせたいと連絡があった日だな」
その日も刻限を過ぎてもやって来ない和華に気を揉んでいたところ、政府から早馬が届いた。
内容は、輿入れを予定していた和華が乗っていた馬車の車輪が脱輪して当日中に迎えなくなったこと。加えて、脱輪した衝撃で和華が気分を悪くしたので、体調が整うまで輿入れを遅らせたいという嘆願が和華の父親である灰簾子爵からあったというものだった。
蛍流としても特に嫁入りを急ぐ理由は無かったので、三日だけならと日程の変更を快諾した。その間に、海音は和華に成り代われるように仕込まれたのだろう。少しでも華族の令嬢に見えるように、寝る間も惜しんでありとあらゆる知識を叩き込まれたに違いない。
「灰簾家には伴侶として娘を貰う代わりに政府から多額の支度金が出ているはずです。その存在を彼女は知りませんでした。知っていれば、嫁入り道具をくすねるような怪しげな地元住民を道中に付けるはずがありませんから。おれが迎えに行かなければ、今頃この山中で凍死していました」
「その嫁入り道具を盗んだ地元民というのも、どうもきな臭いんだよね~」
「どういうことですか?」
「話を聞いた時は、灰簾家が費用を出し惜しみして安い金額で雇った結果、足元を見られた海音ちゃんが荷物を持ち逃げされたとばかり思っていたんだけど。それでも念には念を入れて、海音ちゃんを置き去りにして荷物を盗んだっていう人たちの足取りを調べたら、面白いところに行きついてね。どこだと思う?」
「質屋でしょうか。盗んだ荷物を金に換えようとしたとか」
至極真面目な答えを返したつもりが、雲嵐からは「残念」と一笑を付されてしまう。
「さすがに良い子な蛍流ちゃんには難しかったかな。答えは海音ちゃんを拾った灰簾家でした」
「灰簾家!? どうして灰簾家が彼女の荷物を盗んで、見捨てるような真似をするのですか!?」
「そんなの簡単でしょう。灰簾家は元から海音ちゃんをこの山に捨てる気だった。とりあえず誰でもいいから年頃の娘を山に送りだしたかったんでしょう。その娘が無事に到着するか、無言の到着となるかなんて関係ない。大切なのは、青龍さまの要望通りに、灰簾家の娘を嫁がせたという既成事実なんだから」
雲嵐は面白おかしく「これだと盗まれたっていう嫁入り道具の中身も怪しいよね」と笑い転げているが、蛍流は自分の腹の底からふつふつと怒りがこみ上げてくるのを感じていた。
灰簾家はこの世界に来たばかりで何も知らない海音の心細い気持ちに付け入り、温厚な性格を利用した。きっと海音は蛍流の噂を聞いて輿入れを嫌がる和華に同情して、事情を聞かずに身代わりを申し出たのだろう。
更に蛍流が和華の顔を知らなかったように、和華も蛍流の顔を知らない。お互いに相手の顔を知らない分、入れ替わっても問題ないとでも説得して、ますます和華の身代わりを唆したに違いない。
そしてどこかで海音と和華の入れ替わりに蛍流が気付いてしまったとしても、伴侶を騙った罪で海音が罰を受けて、灰簾家は「海音が伴侶になりたいと自ら申し出てきたから和華の代わりに行ってもらった」と言って白を切れる。海音を切り捨てて、再度和華の婚姻を申し出たところで、また同じ方法で「和華」を名乗る別の女性を送ってくる。水の龍脈を管理する蛍流がこの山を降りて、直接灰簾家に伴侶を迎えに行けないことを利用した小狡い手だ。この地の守護を任されている蛍流を侮辱しているのも同然と言える。
海音を利用した灰簾家の行いに激高したからか、外では蒼穹の空を切り裂くような春雷が轟く。間もなく蛍流の感情の昂りに合わせて、雨が降り始めるに違いない。
海音が伴侶である和華の身代わりで来たと本人から聞くまで、蛍流は海音が和華をかどわかすか、亡き者にして入れ替わったとばかり思っていた。
しかし、実際は和華の代わりとして事情も良く知らないままここにやって来た、ただの身代わり。蛍流たち青龍の婚姻に巻き込まれた無関係な異世界人。
この世界に異世界人が迷い込んでくることは珍しくない。ただこの世界の人たちは、異世界から来た人たちのことをこう考えている。
――国に凶兆を及ぼす、不吉な存在である、と。
異世界人が現れた土地には近い内に不幸が起こる。災厄か災害か、それとも土地を守護する七龍の崩御か。いずれにしても、良い印象では受け取られない。
「だから、青龍さまは昨日の朝早くからボクに調査を依頼してきたんだね。いつもの青の地の視察に加えて、身代わりとして来てしまった海音ちゃんと、本来伴侶としてやって来るはずだった和華ちゃんについて」
「結果はどうでしたか?」
「まず海音ちゃんについてだけど、概ね本人が言っていたことと間違いは無いと思うよ。灰簾家に出入りする使用人や商人にそれとなく聞いたところ、海音ちゃんは六日前に突然和華ちゃんがどこからか連れて来たらしいし。その日から三日間は灰簾家が雇った家庭教師たちに、みっちりと行儀や教養を身に付けさせられていたって。睡眠時間を除いてほぼ一日中」
「六日前……まさに灰簾家から輿入れの日程を遅らせたいと連絡があった日だな」
その日も刻限を過ぎてもやって来ない和華に気を揉んでいたところ、政府から早馬が届いた。
内容は、輿入れを予定していた和華が乗っていた馬車の車輪が脱輪して当日中に迎えなくなったこと。加えて、脱輪した衝撃で和華が気分を悪くしたので、体調が整うまで輿入れを遅らせたいという嘆願が和華の父親である灰簾子爵からあったというものだった。
蛍流としても特に嫁入りを急ぐ理由は無かったので、三日だけならと日程の変更を快諾した。その間に、海音は和華に成り代われるように仕込まれたのだろう。少しでも華族の令嬢に見えるように、寝る間も惜しんでありとあらゆる知識を叩き込まれたに違いない。
「灰簾家には伴侶として娘を貰う代わりに政府から多額の支度金が出ているはずです。その存在を彼女は知りませんでした。知っていれば、嫁入り道具をくすねるような怪しげな地元住民を道中に付けるはずがありませんから。おれが迎えに行かなければ、今頃この山中で凍死していました」
「その嫁入り道具を盗んだ地元民というのも、どうもきな臭いんだよね~」
「どういうことですか?」
「話を聞いた時は、灰簾家が費用を出し惜しみして安い金額で雇った結果、足元を見られた海音ちゃんが荷物を持ち逃げされたとばかり思っていたんだけど。それでも念には念を入れて、海音ちゃんを置き去りにして荷物を盗んだっていう人たちの足取りを調べたら、面白いところに行きついてね。どこだと思う?」
「質屋でしょうか。盗んだ荷物を金に換えようとしたとか」
至極真面目な答えを返したつもりが、雲嵐からは「残念」と一笑を付されてしまう。
「さすがに良い子な蛍流ちゃんには難しかったかな。答えは海音ちゃんを拾った灰簾家でした」
「灰簾家!? どうして灰簾家が彼女の荷物を盗んで、見捨てるような真似をするのですか!?」
「そんなの簡単でしょう。灰簾家は元から海音ちゃんをこの山に捨てる気だった。とりあえず誰でもいいから年頃の娘を山に送りだしたかったんでしょう。その娘が無事に到着するか、無言の到着となるかなんて関係ない。大切なのは、青龍さまの要望通りに、灰簾家の娘を嫁がせたという既成事実なんだから」
雲嵐は面白おかしく「これだと盗まれたっていう嫁入り道具の中身も怪しいよね」と笑い転げているが、蛍流は自分の腹の底からふつふつと怒りがこみ上げてくるのを感じていた。
灰簾家はこの世界に来たばかりで何も知らない海音の心細い気持ちに付け入り、温厚な性格を利用した。きっと海音は蛍流の噂を聞いて輿入れを嫌がる和華に同情して、事情を聞かずに身代わりを申し出たのだろう。
更に蛍流が和華の顔を知らなかったように、和華も蛍流の顔を知らない。お互いに相手の顔を知らない分、入れ替わっても問題ないとでも説得して、ますます和華の身代わりを唆したに違いない。
そしてどこかで海音と和華の入れ替わりに蛍流が気付いてしまったとしても、伴侶を騙った罪で海音が罰を受けて、灰簾家は「海音が伴侶になりたいと自ら申し出てきたから和華の代わりに行ってもらった」と言って白を切れる。海音を切り捨てて、再度和華の婚姻を申し出たところで、また同じ方法で「和華」を名乗る別の女性を送ってくる。水の龍脈を管理する蛍流がこの山を降りて、直接灰簾家に伴侶を迎えに行けないことを利用した小狡い手だ。この地の守護を任されている蛍流を侮辱しているのも同然と言える。
海音を利用した灰簾家の行いに激高したからか、外では蒼穹の空を切り裂くような春雷が轟く。間もなく蛍流の感情の昂りに合わせて、雨が降り始めるに違いない。