「嫁御ちゃん用の塗り薬で良かったんだよね。清水さまの加護を受けている青龍さまは怪我や病気をしないはずだから」
「そうだったんですね。これも私のためにわざわざ……。本当にありがとうございます。蛍流さん、雲嵐さん」
「そう思うんだったら、あと数日は安静にしていてくれ。屋敷のことを頼むにしても、まずは怪我を治さなければ何も始まらない。身体が資本だからな」

 暗に昨日のような無茶はするなと言いたいのだろう。それについては海音自身も深く反省しており、蛍流の言葉にぐうの音も出ないので従うつもりであった。

「分かりました。しっかり怪我の療養に努めます」
「おれの用事が済み次第、呼びに行くから、着替えて待っていてくれるか。雲嵐殿がいる間に、衣桁に掛けている他の着物の丈や袖を確かめたい。多少の調整ならおれでも出来るが、大掛かりになると悉皆(しっかい)屋に依頼しないといけないからな」

 蛍流によると、着物の丈や裾が合わない時は帯や腰紐などで着方を工夫するか、または裁縫の心得がある者に裁断や縫い直しをしてもらうことで調整するらしいが、それでも極端にサイズが合わない場合は悉皆屋という仕立て屋に着物の直しを依頼することになるという。
 その場合、雲嵐を通じて悉皆屋に仕立て直しを依頼して、数日から数か月して仕立て直しが終わったものを雲嵐に届けてもらうことになるが、雲嵐が七日に一回しか来ないこと、また雲嵐を通じて悉皆屋とやり取りをする都合上、完了するまでどうしても時間が掛かってしまう。
 また悉皆屋自体も季節の変わり目は客が殺到して、通常よりも納期まで時間が掛かってしまうそうで、早急な仕立て直しならすぐに依頼した方が良いとのことであった。

「他にも化粧品や日用品、雑貨も運んでいるから確認して欲しいな。一応この国に流通している物なら何でも調達するから言ってね」
「そうだな。思い付くものは一通り頼んだつもりだが、もし足りないものがあれば、明日まで届けてもらうように手配しよう」
「そんなに連日で頼まれても……。ほら、ボクにも都合ってものが……。明日は赤龍さまのところに行かないとだし……」
「その時はおれから赤龍に詫びを入れておきます。事情が事情だから、アイツもそう怒りません」

 どうやら青龍である蛍流は他の七龍たちとも交流があるらしい。海音が最初に迷い込んだ場所が青龍の守護する青の地だったということもあって、他の七龍の噂をほとんど聞いたことがないが、他の七龍たちも蛍流のような人たちなのだろうか。機会があれば、蛍流に聞いてみようか。
 そんなことを考えている内に、蛍流に着替えるように言われていたことを思い出して、海音は「それでは……」と二人に辞去を申し出る。

「一度戻って着替えてきますね。部屋で待っていますので、用意が整ったら呼んで下さい」
「何往復も歩かせてすまない。部屋から一歩も出るなとは言わないが、せめて屋敷の敷地内で待っていてくれると助かる」

 いつになく真剣な顔で話す蛍流に対して、雲嵐がクスクスと忍び笑いをする。
 
「今日はいつになく過保護な蛍流ちゃんを見られて新鮮な気持ちだよ。つい数年前までは言われる側だったのにね」
「なっ……!? その話はもういいでしょう! 昔の話をそう何度も蒸し返さないで下さい。それよりも青の地の様子はどうですか?」
「特に変わりなくだよ。農作物の不作は気になるけど、そこまで問題になっていないね。なるとしたら、これからかな……」

 何やら深刻そうな話題が始まったので、海音は二人に一礼すると奥座敷を後にする。心なしか気持ちが浮足立っているのは、腕の中に抱えている新品の着物によるものだろうか。それとも蛍流が似合うと言って選んでくれたものだからか。新しい服や靴を買った時のように、早く着たくて心がうずうずしている。

(それにしても。全然問題が無いように見えるけど、そんなに深刻なのかな……。この地の農耕)

 雲嵐との会話を聞く限り、やはり蛍流は何か事情を抱えているような気がしてならない。それが突然伴侶を欲しがった理由と関係しているのだろうか。
 和華自身も「急に青龍さまから伴侶を迎えたいという連絡があった」と言っていた。
 相手が国の守護龍であろうとも、婚姻を結ぶには事前に念入りな準備や両者の間での打ち合わせがあるような気もするが、そんな手順を飛ばしてまで伴侶を迎え入れたかったのはどんな理由があるのだろう。部外者の海音からは聞くに聞けないので、いつか蛍流から教えてくれる日が来ればいいが……。
 そして、海音が和華の身代わりとバレてしまった以上、今度こそ蛍流は和華を伴侶として迎え入れようとするだろう。そうなれば海音の居場所は無くなる。
 ここに来るまではそれも仕方が無いと諦めていたが、それが今となってはどこか悔しい。自分が蛍流との間に築き上げたものを和華に横取りされてしまうようで、なんだか口惜しい気がしてしまう。

(伴侶以外の方法で役に立ちたいけど、やっぱり使用人になって、ここに残りたいって頼むしかないよね)
 
 そう自分に言い聞かせると、海音は間借りしている自分の部屋に戻ったのであった。

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