「あっ、貴方は……」
「初めまして、蛍流ちゃんの嫁御ちゃん。ボクの名前は雲嵐(うんらん)。七龍たち相手に商売を営む、どこにでもいるようなただの行商人だよ」
 
 どこか掴みどころのない雲嵐という男は、ウインクのつもりなのか翡翠色の片目を軽く瞑ってみせる。整った鼻梁にバランスの取れた切れ長の目だけでも艶っぽいというのに、心地良い嬌声まで加わってますます色気を感じてしまう。蛍流が穢れを知らない純粋な青年だとしたら、この雲嵐という行商人は世間の酸いも甘いも知りつくした怪しげな魅力を持つ大人といったところだろうか。

「私は海音と言います。あの私は伴侶ではなく……」
「そうなの? あの蛍流ちゃんが珍しく追い返すことなく屋敷に置いているから、てっきり嫁御ちゃんだと思ったんだけど。二人の仲を清水さまがまだ認めていないだけなのかな?」

 商売人らしく笑みを絶やさずに首を傾げつつも、どこか隙を感じさせない雲嵐に言葉が詰まってしまう。ここで海音が青龍の伴侶じゃないと繰り返しても、雲嵐と押し問答になるだけだろう。それなら話題を変えてしまった方が良い。
 
「あの、雲嵐さんは蛍流さんが呼んだという行商人ですか……?」
「そうだよ。つい三日前も来たばかりだっていうのに、蛍流ちゃんってば急に呼び出したんだから困ったものだよね~。でも今回は明らかに急ぎの物みたいだから仕方ないかな。多分、全部嫁御ちゃんに関するものだから」
「嫁御……私に関する物……?」
「海音、少し良いだろうか?」
 
 その時、どこか緊迫した様子の蛍流が襖の外から声を掛けてきたので、慌てて「はいっ!」と返事をして居住まいを正す。

「こちらに行商人は立ち寄っていないだろうか。雲嵐殿という若い男なのだが……」
「立ち寄ってるよ。蛍流ちゃん!」

 窓の外から雲嵐が返事をすると、すぐに襖が開かれる。そこには息も絶え絶えの蛍流が必死の形相で立っていたのだった。

「雲嵐殿……彼女の紹介は後ほどすると昨日報せたはずですが……」
「え~っ! だって蛍流ちゃんばっかり嫁御ちゃんを独占するなんて狡いよね。ボクも挨拶くらいはさせて欲しいな~。これから長い付き合いになるかもだし」
「蛍流ちゃん、じゃない!」

 これまでの毅然とした姿はどこにいったのか、蛍流の意外な姿にまたしても海音の目が点になる。そこでようやく海音の前であることを思い出したのか、蛍流は耳まで赤くなると明後日の方向を向く。

「もう子供では無いのですから、青龍と呼んで下さい」
「ボクからしたら、蛍流ちゃんはいつまでも蛍流ちゃんなんだけどな~。あんなに小さくて可愛かった蛍流ちゃんが、今では茅さんの跡を継いだ立派な青龍になって、こんな素敵な嫁御ちゃんまで迎えるなんてね。時間の流れって早いものだね~」
「ですから、蛍流ちゃんは止めて欲しいと……。彼女の前で恥ずかしいです……」

 消え入りそうな声で助けを求めるようにチラッと目線を送ってきた蛍流は、今にも顔から火が出そうになっていた。どことなく藍色の目も潤んでいるように見えるので、かなり居たたまれない気持ちになっているのだろう。これは海音がなんとかするしかない。

「えっと……。雲嵐さんは蛍流さんに頼まれた物を持って来たんですよね?」
「そうだよ~。奥座敷に一式広げているから、ぜひとも嫁御ちゃんに見て欲しいな。青龍さまにもそう言ったんだけど聞かなくって」
「ですから、持参した品は全て引き取ると、先程も申し上げた通りです。彼女には後ほど確認してもらいます」
「そうは言っても、嫁御ちゃんにも好みがあるでしょう。最愛なる嫁御ちゃんを青龍さま好みに着飾りたい気持ちはよ~く分かるけど、あまり押し付けがましいと嫌われちゃうよ?」
「それはそうだが……それに彼女は……」

 またしても蛍流が海音を伺うように目を向けてくる。今度は海音が伴侶では無いと、雲嵐に言っていいか迷っているのだろう。昨日役人たちに向けて言い放ったように、ここも使用人だと言ってしまえばいいだけなのだが……。

(言えない事情でもあるのかな?)

 不思議に思いつつも、部外者である海音は口を挟まずに二人を見守る。やがて雲嵐の言葉に折れたのか、蛍流が「そうだな」と呟いたのだった。

「あえて隠すようなものでも無いからな。お前も奥座敷に来てくれないか」

 ◆◆◆