「打ち合わせの席を中座してどこに出掛けていたのかと思えば、我々を置いて逢引きですかな。今代の青龍さまは」
「若者は血気盛んで良いですな……。国を守護するお役目を軽んじられているのは、些か否めませんが」

 棘のある言葉を投げかけてくる役人たちを無視して、蛍流はそっと海音を玄関口に下ろす。自分の勝手な行動が原因で好き放題言われている蛍流を弁明しようと、海音は頭から被っていた蛍流の羽織から顔を出そうとするが、すかさず役人たちが気付いて舌尖の矛先を変えてくる。

「おおっ! こちらのご令嬢が噂の伴侶どのですかな! 青龍さまが自ら出迎えに行くとは、なんとも盲愛なことで……」
「これは待ちくたびれた甲斐がありましたな。どれ、その美しいご尊顔を拝見してご挨拶でも……」

 そう言って、役人の一人が海音の顔を覆う羽織を掴むが、即座に蛍流がその手を弾いて羽織の上から海音を抱き寄せると、胸の中に埋めてしまう。
 これには役人たちも呆気に取られたのか、一瞬その場が静まり返るが、すぐに「何の冗談ですかな」と役人たちが下品な声を上げて嘲りだす。

「妬いているのですかな、青龍さまは。何も我々は伴侶どのを取って食おうとは思っておりません。麗しいお姿を一目拝見しようと思っただけでして……」
「この者は新たに雇った屋敷の使用人だ。だが、今後関係性が変わるかもしれない……。その時に改めて紹介させて欲しい」

 関係性が変わるかもしれない。という言葉に海音の身体がビクリと動いてしまう。嫌な想像が頭を過ぎって、両手を握り合わせて縋るように身を寄せれば、そんな海音を安心させるように蛍流が軽く肩を叩いてくれたのだった。
 
「使用人? たかだか使用人のために、わざわざ出迎えに行ったのですかな。青龍さまともあろうお人が」
「そうだ。この山道は女人の足には歩きづらく、ついで道に迷いやすい。間違えて青龍のご神体を祀る滝壺に入られては困るからな。こうして迎えに行ったわけだ。分かったなら通してもらおうか。彼女を部屋に送り次第、すぐにでも再開しよう」
 
 すっかり魂消てしまった役人たちをその場に残して、蛍流に抱えられる形で部屋まで送られる。「大丈夫か?」と小声で気遣われて、海音はただ頷くことしか出来なかった。

「耳障りな言葉だけでも耐え難いところに触れられもして、さぞかし不快だっただろう。肩身が狭い思いをさせてすまない」
「平気です……。蛍流さんも私が原因で役人さんたちとますます険悪になりますよね……すみません」
「気にせずとも、元から邪険に扱われている。アイツより年齢が下なだけではなく、青龍としての経験も浅いからな。まだまだ失敗も多い。師匠に比べて頼りなく思われてしまうのも仕方がない」
「最初から上手くいく人はそういません。失敗を恐れず、今後の糧に出来ればいいんです」
 
 励ますつもりで返したつもりだったが、偉ぶっているように聞こえてしまったのかもしれない。急に黙ってしまった蛍流によって、半ば借りている部屋の中に押し込まれるように入れられてしまうが、その手は罪人を連行する刑務官というよりも、昨晩の「和華」だと思われていた時と同じくらい真綿に触れるように優しい。
 大切な打ち合わせの席を抜け出してまで海音を探してくれる辺り、この蛍流という青年は不器用で初心なだけで、本当は噂以上に思いやりのある人なのだろう。どうして「人嫌いで冷酷無慈悲な冷涼者」という噂が広まってしまったのか、不思議なくらいであった。
 海音の顔を見ることなく襖を閉めた蛍流は、今度こそ役人たちとの話し合いの場に戻ってしまう。「終わったら様子を見にくる」とだけ残して。
 それでも襖が閉まる直前、ほんの僅かな隙間から見えた蛍流の紅潮した横顔を、海音ははっきりと目にしたのだった。