遠くの方の客席のみんなには分かりにくいとは思うけど、これは失態である。

そのまま気づけばヒロにキスをされていたけど、今の私は夏葉そのものだった。

最後までミヤでいられなかった。あぁ、私のせいで折角の最後の公演がイマイチになってしまう。

「……は…つは……夏葉!」

「…え、あぁ。ごめん、ぼーとしてた。ヘヘッ」

はは、最後のヘヘッ、は胡散臭かったかも。あーあー、私、役者に向いてないかもしれないな。

「……今日のキスの味、教えてあげるよ。いつもは甘さの方が勝ってたのに今日はしょっぱかった。苦かった。それに、やけに最後の方感情こもってるなって思ったら微笑むところ引きつってたし……どうしたの?」

「どうもしてないよ。演技のことは…ごめん。涙が出過ぎちゃったね。それまでは良かったんだけどなぁ。悔しいよ。美記の方が上手だね!はは、私はやっぱみんなと並べないや…」

「嘘つき。顔見れば分かるよ。何か苦しいんでしょ?それに、涙が“出過ぎちゃった”って“出し過ぎた”とは意味が違うよね。意図してない涙だったってことになる。……ねぇ、誤魔化さないでよ」

なんでこんな時ばっかり私の気持ちを当ててくるのかなぁ。言葉の表現の違いすら気づく美記は、完全に役者だ。

私は自分すら偽れないのだから、役者なんて名乗れないよ。悲しい時でも笑っているくらいが役者だと私は思う。

「しばらく、私のこと放っておいてよ。美記はその間、初恋の子とでも一緒にいれば良いよ。私は今、一人になりたいから」

そう言った私は速足で家まで戻った。初めは早歩きだったけど、美記が追いかけてきたから途中からは全力疾走で。

家に着く頃には完全に息が上がっていたけど、彼をまくことができたから良いとしよう。

この時ばかりは足が速くて良かったなぁと、心の底から思った。

「ただいま」

「あ、おかえり!って汗だくじゃない!ほら、お風呂に入ってきなさい?」

お母さんに言われておでこに手を当ててみたら、確かに汗だくで思わず苦笑いを溢してしまった。

……私、疲れてるな。