「だけど、しばらく栢山くんのこと見なかったよ。スランプにでもなってた?」

「いや、なっちゃんがどっか行っちゃった後に、俺も辞めた。なっちゃんがいない事務所は全然楽しくなかったから」

なっちゃん、って懐かしい呼び方だなぁ。

私の本当の名前は夏葉だよって教えたら夏葉呼びだったから、いつぶりなんだろう。

あ、そっか。栢山くんにフルネームを教えちゃったから、転校してきてから私のこと思い出したんだね。

「それにしてもさ、俺らが仲良くなったきっかけの出会い、覚えてる?」

「もちろんだよ。元々同じクラスメイトだったんだよね?それで、あの日教室に一番乗りのつもりで勢いよく入ったら、そこには美記がいてさ。ずっと突っ立ってたから何してるの?って聞いたんだよね」

「そうそう。近づいてきた夏葉に、俺は机の中を見せたんだ。そしたら、夏葉凄い顔してたよ。でも、あの日に夏葉が役者をしてること思い出して、俺もこの子みたいになろうと思って役者になった」

凄い顔って……美記の机の中にたくさんのラブレターとチョコが入ってたからしょうがないじゃん。

ちょうどその日はバレンタインデーだったけど、驚かない方が人間じゃないよ。

……あ、美記が転校してまだ月日がそんなに立っていない頃にも似たようなことあったなぁ。

あの日はバレンタインデーでもなかったけどね?

「俺、夏葉が小学校を転校したの、結構悲しかった。気楽に話せる女子の友達がいなくなって、役者仲間が事務所からもいなくなって、どうにかなりそうだった」

「あぁ、あの時は、役者辞めた私なんかに話しかけてくれる子が多いとは思わなくて、転校しようと思ったの。美記にも失望の眼差しを向けられたらどうしようって怖かったんだ」

「そんなことするわけないじゃん。俺、本当に夏葉がいないと生きていけない…」

「んん、俺を置いてけぼりにしないで欲しいな。二人の世界に入っちゃってさ?言っとくけど、佐藤さんに負けないくらい、俺も夏葉さんのことが大切だから」

海の咳払いで、私たちは同時に吹き出した。

ははは、やっぱ二人に会えてよかったよ。もう、心のモヤモヤなんて気にしないくらい、今は心強い仲間がいる。

私の存在を認めてくれる人がいる。そう思うだけで、こんなにも心が軽くなるなんて。

「おい、そこ!いつまでも話してないで練習始めるぞー」

どんなに苦しくなっても、もう、私は才能なんかで逃げない。

見てくれる人のために、二人のために、私は役者を続けようと今ここに誓った。