* * *

「イヤッ! もう最悪!!」

 私は屋上へと続く扉の前で、頭を抱えてうずくまっていた。

「何でぇ? みみさん。俺ファンなんです」
「やめてよ! SNSで使ってる名前で呼ぶな!」

 漫画を描くのがささやかな趣味な私は、週一でSNSに漫画を上げている。すごくバズったことはない。小バズリでいいねが千五百くらいついたのだ。
 それが嬉しくてせっせと創作活動にいそしんでいたのだが、まさかこんな身近に読者がいたとは知らなかった。

 どうしてわかったのかと聞けば、投稿前の漫画の画像をスマホで私がチェックしていて、隣の席の塚原の目に入ったかららしい。

「漫画描いてるのバレて、自創作キャラのぬい作ってることもバレるなんて嫌すぎる! 恥ずかしい! 馬鹿にされてるんだ、私!」
「馬鹿にしてたらこんなせっせとぬい作らないでしょ……。マジでみみさんの漫画好きなんだって。ファンだってこと伝えるために、作ったんだよ、ほら」

 私は自分を抱きしめたまま顔を上げ、塚原の持っている「シオン」のぬいに目をやった。
 なんて可愛いシオン。自分の漫画が誰かに愛されて、手作りグッズまで作ってもらえるなんて、作者冥利に尽きるというやつだ。
 けどその感動はそれとして、やっぱり恥ずかしい。

「知ってるなら先に言ってよ……」
「先に言ったら、からかわれてると思ったんじゃないの? で、更新やめられても困るからさぁ。でもどうしても、本気のファンなんだって伝えたくて。宇佐美さん気難しそうだから、どうしたら伝わるかなって悩んだんだよねー」
「まあ、そうだね、私すごく気難しいから……っておい!」

 回りくどい!
 でも確かに、私は塚原みたいな男子が苦手だから、いきなりそんな話をされたら驚いて、SNSのアカウントも消していたかもしれない。
 私はちょいちょいと塚原を手招きして、彼の耳元で囁いた。

「このことは……二人だけの秘密にしておいてください」

 すると、塚原はにまーっと笑って「了解!」と返事をした。

 * * *

 私が例の漫画の作者だと知っても、塚原は更新前に漫画を見せろとは言って来なかった。

「今週も更新あります?」

 とたまに隣の席から尋ねてくる。私が頷くと、「やった」と喜んで見せた。
 彼の鞄にはシオンのぬいがついていて、それを見る度に私は気恥ずかしくなるのだった。
 塚原は「はる」という名前でSNSをやっている。下の名前が悠希(はるき)だからだそうだ。

 はるさん。前から時々、感想をくれる人だ。
 また漫画を更新すると、はるさんからコメントが届く。

 ――やっぱりシオンが好きです。二人の関係が最高すぎる。いつも更新ありがとうございます。

 私がはるさんのコメントにいいねを押すと、はるさんは「作者さんから反応来た!」と絵文字つきで喜びのポストをしていた。
 それをスマホで確認した私は隣の席の塚原に苦笑を向ける。塚原はこっそりウインクを返してきた。
 やっぱり、こいつはチャラい。


 私が作者で彼はファン。
 それは、クラスで私達二人だけが知る、ささやかな秘密だ。