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 よく高校生が屋上で青春の一ページを刻むシーンというのをドラマや漫画なんかで見るけれど、うちの学校は入学当時から屋上へ通じるドアは施錠されていて、生徒は自由に出入りできなくなっている。だからその辺りに近寄る人はいない。
 という事情を知っている塚原は、誰も来ない静かなこの場所、屋上への扉の前のスペースでたまにぐだぐだしているそうだ。

「本屋行ったら? ぬいの作り方の本、たくさん売ってるよ。ていうか、動画でもあるし」
「俺さぁー、直接こうやって手取り足取り教えてもらえないと集中できなくてさぁー」

 塚原は口を尖らせ、手元に集中しながら針を動かしている。
 刺繍枠に張った肌色の布に、顔の下書きを印刷した刺繍シートを貼り付けて、そこに針を刺していく作業の真っ最中だった。

 ――なんで、こんなことに。

 ここのところ連日、放課後、ぬいを作る塚原に付き合わされている。
 私が教えなくてもよくない? と言うと、でも宇佐美さん刺繍すごい上手いし、是非教えてほしい、と頼まれる。

 何でこんなところでこそこそやらなくちゃなんないの……と文句を言えば、別にカラオケ店とか他のところでもいいけど俺といると目立つよ。いい?と返される。
 よくない。困る。
 二人でいるところを誰かに見られて変な噂を立てられたらたまらない。

「宇佐美さん、これさ、後ろの糸の処理は玉結びにするの?」
「じゃなくて、ここに通して……」

 塚原は器用なようで、初めてにしてはかなり上手に刺繍ができている。

「でも、こんなところにいるの誰かに見られても、言い訳しづらいよね」
「じゃあ、宇佐美さんの家にお邪魔して教えてもらっていい?」

 にっと歯を見せて笑う塚原の顔を見て、私は心底苛ついた。

 ――ウザ。

「今、きっしょ、て思っただろ」

 私は無言でかぶりを振った。気色悪いとは思ってない。
 どうもこの、塚原という奴がよくわからない。
 他の男子とふざけて笑っているところはよく見ていたけど、どういう性格なのかは知らなかった。
 ただ、少なくともぬいを作りたがるような男子には見えない。