それにしても、なぜ急にこんなことになったのか。
 自分でも原因がまったくわからない。

 とりあえず食材の声が聞こえたので、ついつい家庭科室に入ってきてしまったのだ。
 それが運の尽き。
 なんで栗谷くんが料理してるのかわかんないけど。

「なんだか面倒くさそうなことになったな……」

 わたしが小声でつぶやくと。
 栗谷くんは玉ねぎの皮をむき終え、切らずに丸のまま水の入った鍋に入れ、火にかけた。

【えっ? 切り刻まないの?! 楽しみにしてたのに!】

 玉ねぎの残念そうな声が聞こえた。
 なんで切り刻まれたいのよ……。

「で、鶏肉はなんていってんの?」

 栗谷くんはそう聞いてくるものの、からかっているのは声の調子でわかる。
 そりゃあ、わたしだって食材の声が聞こえるなんて、自分でも信じられない。

【おれは、おれはソテーがいい!】
「ソテーが良さそうだね」
「それは予定通りだな」

 栗谷くんは、鶏もも肉にスパイスを振って、オーブンに入れた。
 料理ができるのを待っている間、栗谷くんが口を開く。

「紗藤って、どの辺に住んでるんだっけ」
「え? B町だけど……」
「あー、じゃあおれの家とは正反対か」

 栗谷くんはそうつぶやいて、わたしを見る。

「それならおれの家族に話がもれることもなさそうだな」
「なに? なんの話?」
「おれがここで料理してること、だれにもいうな、ってこと」
「べっつに……いわないけど」
「だろうな。紗藤はおれに興味なさそうだしな」
「なにそのいいかた。それじゃあまるでわたし以外の女子は栗谷くんに興味があるみたいに聞こえるんだけど」
「だってよく告られるし」
「ふーん。そりゃよかったね」
【あー。いい湯だわぁ】

 鍋の中から、玉ねぎの声が聞こえた。
 お湯はぐつぐつと沸騰している。
 あれがいい湯なの?