その日はおやつも抜いて、晩ご飯も少しだけにしてもらう。
 家族は心配したけれど、「ダイエットだから」と自室にこもった。
 正直、お腹が減ってしかたがなかった。

 夜中は空腹で目が覚めてしまったので、麦茶を飲んでごまかそうとキッチンへ。
 するど、キッチンは騒がしかった。

 他の家族はだれもいない。
 わたしだけ。

 最初は泥棒か変態が家に侵入してきたのかと思った。
 後ずさりしつつ辺りを見回しても、だれもいない。
 やっぱりここには、わたしひとりきり。
 でも、声はする。

 声は複数で、老若男女さまざまな声が聞こえてくる。
 少なくとも四、五人の声がするのだ。

 年齢も性別もさまざまで、おまけに複数人の泥棒なんて聞いたことがない。
 耳を澄ませてみれば、声は主に冷蔵庫のほうからする。

【ねえ、聞いた? 今日のひき肉たち、つくねになったんだってね】
【ああ、みんなミートソース希望だったのになあ】
【いや、晩ご飯にミートソースはないない。常識を考えてみろよー】
【卵うるせえなあ】
【おい、豆腐! お前、新入りのくせに態度でかいぞ】
【ずっと使われないからってカリカリすんなよ】
【あー、わたしカリカリベーコンになりたいわあ】

 会話に耳を傾けていたわたしは思う。
 きっと寝ぼけているんだ。
 そう思って麦茶を飲むのはやめて寝室に戻った。

 次の日も、キッチンで「声」は聞こえた。
 いよいよこれはマズいと思ったわたしは、母に事情を話して病院へ行った。
 体のどこにも異常はなかった。

 ホッとしたけれど、でも、声は聞こえ続けていたのだ。
 一向に収まる気配はなかった。

 そうして今に至るわけだけど。

 つまり、わたしに聞こえている謎の声ってのは、どうも食材の声らしい。

 冷静になって声を分析してみると、それがわかったのだ。
 野菜とか肉とか、料理の材料の声が聞こえている。

 聞こえるのは声だけで、顔がついて見えるわけじゃない。
 魚とかも喋る声は聞こえても、口が動いてるわけでも目が動いてるわけじゃない。
 聞こえるのは、声のみ。
 そこは救いだったのかもしれない。