「親子丼には、なりたくないっていってる」

 わたしの言葉に、目の前の男子は大きな瞳をさらに見開く。

「は?」
「だからその……。そこの玉ねぎ、親子丼はやめてほしいって」

 わたしがそこまでいうと、男子――栗谷(くりや)くんは持っていた玉ねぎに視線を落とす。

「玉ねぎが、いってるのか?」
「……いってるってゆーか、その、うーん」

 わたしがどう説明したものか困っていると……。

【アタシ、すっごく甘い玉ねぎなのよ! だからこの甘みを活かせる料理にしてくれなきゃ嫌なのよ!】

 聞こえたハスキーボイスは、確かに玉ねぎから聞こえた。

「この玉ねぎ、すごく甘いらしいから」

 わたしが玉ねぎの言葉を伝えると栗谷くんはこちらを見てから、また玉ねぎに視線を落とす。
 それから、彼はひとつうなずく。

「わかった。メニュー替える」
【やったわ! そこのあなた、ありがと!】

 玉ねぎがわたしにお礼をいったところで、帰るべくドアの方へと歩き出す。

「どこ行くんだよ」

 あと少しで家庭科室を出られる、というところで栗谷くんに呼び止められた。

「え? どこって帰るのよ」
「まだ帰るな」

 栗谷くんは真面目な顔で玉ねぎの皮をむきながら、ぴしゃりという。

【この子、剥き方上手ねえ。ぜんぜん痛くないもの】

 玉ねぎの言葉をスルーして、わたしはその場に立ち尽くす。
 帰るな、といわれましても……。

「わたしはもう、用はないし」
「おれはある」

 栗谷くんはそういうと、わたしをギロリと睨みつける。
 その圧で、思わずわたしは近くの椅子に腰かけた。

 このまま帰ったら、明日からなにをいわれるかわかったもんじゃない。
 わたしはため息をひとつ。

 どうしてこんなことになったんだろう。

 うっかり家庭科室を覗いてしまったから。
 だって、うちの中学に家庭科部や料理部はないと聞いたから。
 だから放課後の家庭科室にだれかがいるとは思わなかった。

 ううん、ちがう。

 そもそも声が聞こえたから悪いんだ。
 この声さえ、聞こえなければ……。