後編の本を棚に
 戻そうとしたその時


 突然聞こえた声に振り返ると
 空いていた窓から
 強い春風が舞い込み、
 白いカーテンがふわっと舞うと
 お互いの空間が一瞬遮られてしまう


 ゆっくりと風になびいたカーテンが、
 スローモーションのように
 フワリと舞いあがり
 窓際の位置に戻った時





 時が本当に止まった気がしたんだ。




 他の人からしたら時が止まるなんて
 ありえないって思われても仕方ない


 それでもそう感じるほど
 あの一瞬がとても長く感じられた


 まだ時折窓から運ばれる
 風にカーテンと
 彼の黒い髪が柔らかくなびき、
 日の光が射した場所だけ
 その髪がうすい茶色にも見える


 少しだけ長めの髪の間から
 整った容姿に映える綺麗な瞳


 視線が私と交わり、
 その目から逸らせない私と
 その彼もこちらを見て視線を離さない




『クス‥‥見たことないから君、
 1年生?』


 ドクン


「えっ……は……はい、
 1年の‥‥あ‥‥えっと‥‥
 矢野です」


 3学年通して制服も
 上履きも共通なため、
 目の前の男性が
 先輩なのかさえ分からないけど
 私のこと見たことないって
 言ってたから
 多分先輩だよね‥‥


 顔に似合わず
 少し低くて耳に残る声に、
 胸の奥の鼓動がどんどん加速する


 彼は自分の脇に抱えていた本を
 手に取ると、
 中に入っていた
 貸し出しカードを取り出して
 上から目線をすっと下げ始めた



「‥あ‥‥‥それ!」


『ん‥‥まだこれ読んでないんだな。
 ここに矢野さんの名前はないから
 ‥‥‥はい』


「えっ?」


 貸し出しカードを
 戻した対である前編の本を
 私の目の前にそっと差し出した彼は、
 私が抱えていた本を
 片手でそっと抜き取ってしまう


「えっ?あ、あの」


『これ読みたいんだろ?
 俺もう読み終わったから交換して。』


「は、はい…ありがとうございます」


 ドキン


 受け取る時に一瞬だけ触れた指は
 細くてとても綺麗だった


 どうしよう‥‥
 顔が‥‥とても熱い


 男の人なのに、
 こんなに綺麗に整った顔立ちの人
 初めて見た‥‥‥


 勿論今まで見てきた男性の中では
 群を抜いてカッコイイのだけど、
 彼はその中でもより
 綺麗な男性な気がする


 鼻筋がとおってて涼しげな瞳。

 それに身長もスラリとして
 こんなバランスの取れた人が
 世の中にいるんだと思わされる


 この人独特の周りを惹き付けるような
 柔らかい不思議な雰囲気に、
 初対面なのに既に呑み込まれていた