目蓋の奥に光を感じて瞳を開ければ
聞き慣れた機械音が耳に届いた


『日和!』


安心する声の方に顔を傾ければ
お兄ちゃんの姿が見えてホッとする


『良かった………
 お前俺の寿命を短くさせ過ぎだ。
 もう苦しくないか?』


小さくその声に頷けば
マスクをはずしてくれて
ナースコールのボタンを押した。



『昨日凄い発作が起きて
 お前心臓が止まりかけたんだよ……
 なんでお前たちは心配かけんの!?』



お兄ちゃんが口元を押さえて俯いた
お前‥‥たち………?


今までずっと泣いていたのか
お兄ちゃんの目は真っ赤だ



昨日瀬木さんの本『巡り会う』を
読んでいた時に突然胸が苦しくなった


それに………


コンコン


『立花さん。気分はどうですか?』


先生がライトをつけて
私の瞳に光を当ててくる


「先生‥‥‥ちょっといいですか?
 ………お兄ちゃん私に
 色々質問してみて?」


『はっ?‥何だよ質問って』


看護師さんが血圧を測ろうと
腕に触れてきたのを嫌がって
体をゆっくり起こした


『立花さん、無理しちゃいけない!』


「先生、‥私思い出したんです。」


先生だけでなく、 お兄ちゃんの瞳も
揺れたのが分かった


羽が生えたみたいに軽くて
頭がとてもスッキリしてる


『日和……お前』


「立花 日和、21歳。M大3年。
 文学部専攻。
 瀬木さんの家で住み込みで
 アルバイトしてる。そうでしょ?
 お兄ちゃん本当に
 心配かけてごめんなさい」


その言葉に
お兄ちゃんが初めて私の前で泣いた


ずっとここにいるのに
長い時間違う世界を旅してた気がする…


あの本の巻末のページに
載っていた作者の横に書かれた
『矢野』という文字


あれを見た瞬間
頭の中に沢山の色や景色が
一気に送り込まれてきた。


そして真っ先に
優しい隼人君の顔が浮かんだ


先生達はまだ
信じられないといった表情をしている


『はぁ……くそったれ。』


「うん‥‥ごめんなさい‥」


私の頬を思い切り
つねったお兄ちゃんが
目元を拭ってから久しぶりに本音で
叱ってくれた気がする


記憶を失うことがあるなんて
自分とは無縁だと誰もが思う


でも実際忘れてた方が
良かったことも思い出されてしまう
罪な病気だと思う



「お兄ちゃん、あのね……」


私はあの日階段から弥生ちゃんに
突き落とされたことを思い出して
お兄ちゃんに伝えた。



「……だからその‥‥すごく怖いけど
 ちゃんと会って話したい」


『ん‥‥分かった。
 分かったから退院したらな‥‥
 まずはさっさと体治せ。』