記憶がなくなってから
誰かに寄りかかった事なんてないのに、
私の鼓動がどんどん速度を増していく


回された腕が優しくて、
私の頭をそっと撫でてくれる



『何にも考えずに素直になって‥‥
 ここにいるから。』


「……………ツッ」


その時
頬に流れる冷たいものに驚いて
瀬木さんから離れる


私………どうして涙なんか‥‥


体を離した私は
真っ白いワンピースに溢れ落ちる滴に
両手で頬を撫でると
無意識なのに涙が溢れ出ていて
固まってしまった



『泣くことは悪いことじゃないよ。
 寧ろ泣きたい時に泣かないと
 体は軽くならないだろ?
 こんなに小さな体に
 涙が貯めておけるタンクは
 少ししかないからね。』


止めたくても止まらない滴の雨に
恥ずかしくて顔を両手で隠す


私………泣いてるんだ


悲しいとか嬉しいとかじゃない。
なのに涙が止まらないの‥‥‥



長い指がまた頭に触れてから
私の両手を包むと
滲む視界の向こうで
瀬木さんが優しく笑った



『‥‥やっと泣いた』


堪えきれず嗚咽を繰り返しながらも
初めて思い切り泣けた相手が、
家族でも親友でもなく
瀬木さんの前になるとは思わなかった


この優しい腕の中は
他のものから見えぬように
私を丸ごと抱き締めてくれる



今だけは‥‥泣いてもいいんだよね‥‥


本当は‥‥未だに何も思い出せない
自分が恐くて堪らない。
それに怪我した足で、
ちゃんと歩けるようになるか不安だ


こんな私の側で
優しく手を差し伸べてくれているのに、
その人のことさえ今も
思い出してあげられない


声には出せないけど
涙と共に沢山の感情が溢れてしまう中、
瀬木さんは落ち着くまで
私をずっと離してはくれなかった