『それじゃあ行きましょう』


夕方、車イスで病室から出た私は、
看護師さんに院内の中庭に初めて
連れてきてもらった


久しぶりに感じる風や温度に、
病室より気持ちが軽くなる


『暑くない?』


中庭はだいぶ日陰になっていて
そよ風が吹き気持ちいい‥‥‥‥


「はい!‥‥あの、夕食まで
 ここにいてもいいですか?」


日陰にあるベンチの横に止まったので、
車イスを押してくれている
看護師さんを見上げる



部屋にいてもつまらないし、
ここで遊んでる子供や
散歩してる人と
同じ空間に居たくなった


『いいけど……一人で大丈夫?』


「はい、一時間だけですから。
 ここでほら、本を読もうかなって」


『ふふ、それは楽しみだね。
 それじゃあ夕食の6時
 少し前に来るから
 何かあったら必ずブザー
 鳴らしてくださいね。』


こんなに風が気持ちいいなら
もっと早くここにくれば良かった


9月にさしかかる夕暮れは
思った以上にこの時間は過ごしやすい


左手だけで本一つ開くのにも
最初は大変で、右手のギブスは
重石代わりでなんとか
左手だけでの生活にも慣れてきた




『ここで一緒に本を
 読んでもいいですか?』


ドクン



やっと掴めたしおりを
引き抜こうとしたのに、
いつのまにか
隣のベンチに座った人の声に驚いて
膝から本が落ちてしまった


「(ああ……やっちゃった)」


病室でも何回か床に
落としたことがあるけど、
下に落ちたらおしまい。
取るのに物凄い痛みと戦ったのだ。



視界に見えた細長くてキレイな手が、
私の膝の上に本をそっと置いてくれた


「あ、あの‥‥
 ありがとうございます」


見上げた先にいたのは
私と目線を合わせるように
屈んでくれていた
とても綺麗な顔をした男性だった


風が吹いて、少し長めの髪がなびくと
切れ長の瞳が私の視線とぶつかり
優しそうな瞳が少しだけ細められて
笑っているようだった



『‥‥本が好きなの?』


「あ、はい‥とても大好きです…‥」


『そう。………俺もだよ。』