─数時間後。
俺は唐突に突きつけられていた。美奈から1番聞きたくなかった言葉を。

「私だけを見てくれない?」

─その少し前。
「話があるんだけど」
帰る途中でそう声をかけられた。俺は嫌な予感がした。別れ話では無い感覚なのはわかるが、嫌な予感だけは感じていた。
「眞斗のこと、ウツボの時子供みたいでかわいいなぁとか、漫画のこととか少し意外だったり、ニコニコと漫画を買ってたりしてさ私は見ているのに眞斗は本当に私だけを見てくれてるの?」
─来る。直感的にそう思ってしまった。
「私だけを見てくれない?」

俺は幼少期から母親しか居なかった。母親は「私だけを見ててね」と言ってきた。そして俺は─。思い出しただけでも寒気がする。それがトラウマなのだ。俺はそのとき俺ではなくなってしまった。
だが、俺は俺として認めて欲しかった。認められたかったのだ。

そして彼女は。美奈は母親では無い。そうであろう。トラウマのことは忘れたわけじゃない。忘れられるわけもない。だが美奈も同じく俺に認めて欲しかったのだろう。母親では無い。同じ悩みを持っている。受け入れてしまおうでは無いか。それならば。何よりもう疲れた。

「わかった。美奈は俺を認めてくれるか?」
「いいよ」
「美奈だけを見ているよ」

それから2人はズブズブと底の底まで落ちていった。