「今まではひたすら鍛錬をすることで気を紛らわせているが……自分が自分でなくなってしまう感覚は恐ろしいよ」


淡々と語ってはいるがステファンの手には力が篭っているのがわかった。
黒いアザが這う肌には爪が食い込んでいく。
彼の腰にある剣の柄はボロボロで手のひらには強く握られた跡がある。

(もしかして……ステファン殿下の体を乗っ取ろうとしているのかしら)

自分が自分でなくなる……そんな耐え難い恐怖とステファンは戦ってきたのだろうか。
それにステファンに武功が多い理由がわかった気がした。
彼は自分の心を強く保つために鍛錬を繰り返して、破壊衝動は国を守るために力を振るっているのだ。

そこでフランソワーズは想像もしない、ステファンの苦しみが垣間見た気がした。
それと同時に彼の強さを知ったのだ。
その時、フランソワーズはステファンを心から救いたいと強く思った。

(わたくしは、ステファン殿下のために何ができるかしら……)

暗い空気を掻き消すように、ステファンは別の話題を振った。


「この話はここまでにしよう。それよりもフランソワーズのことをもっと教えてくれないか?」 

「わたくしのことですか?」

「そうだな。まずは好きな食べ物から教えてほしい」

「ふふっ、わかりました」


そんな他愛のない話をしながら、フランソワーズはシュバリタリア王国の国境を越えたのだった。