私は佐野心愛、小学4年生だよ。

 クラブ活動はチアリーディング部に所属してるんだ。

 ダンスは今のところあんまり得意じゃないけど、お友達のいのりちゃんと放課後練習して頑張っているよ。



 明日はバレンタインデー、私は本命チョコをあげる相手はいないんだけど、クラスでは女の子たちがそわそわしてる。いのりちゃんは幼馴染みで年上の近所のお兄ちゃんにあげるみたい。

 いいなあ。

 まだ、初恋もしたことない私。

 隣の席の亮介くんのことはちょっと気にはなってるけど、好きって気持ちかどうかは分かんない。

 だけど、もっとお話して仲良くはしたいな。



         ♡♡♡



 給食の時間、班ごとに机をくっつけてお昼を食べる。

 私の目の前は亮介くんだ。



「なあ、佐野。バレンタイデーってなんだ?」

「えっ?」



 私が亮介くんに突然バレンタインデーのことを聞かれたのは、給食のカレーライスをスプーンですくおうとした時だった。



「なんだ、神山はバレンタインも知んないのかよ」

「俺は高坂には聞いてない。佐野に聞いてるんだ。あのさ、佐野。バレンタイデーにあげる相手の定義はなんだ?」



 同じ班の高坂くんがからかってくるのも気にしない調子で、亮介くんが私に質問してきた。



「定義……?」

「そうだ。基準みたいなもん」

「えっと……好きな子とか、親しい相手? あとはお世話になってる相手とか? チョコをあげる相手って今は本命に義理に友チョコとかって友達同士もあるんだよ。日本は女の子から男の子にって多かったみたいだけど、最近はカップルや夫婦同士でチョコ交換もするみたいだし。外国じゃ、男の人が女の人にお花や本をプレゼントするんだって」

「へえ〜、そっか! ありがとう、佐野。参考になったよ」

「なんだよ〜。神山は誰か女子にあげるのか? 余ったら俺サマにくれても良いんだぞ」

「誰が男の高坂にあげるかよ。もしチョコを俺が作って余っても、あげるなら佐野にやる」

「やっぱ作んのかよ! よこせって。俺、母ちゃん以外のチョコもらったことねえんだよ」

「あのなあ、数の問題か? 俺から貰ってもちょーちょー義理チョコだぞ」

「神山、そこはせめて友チョコと言ってくれ」



 亮介くんは高らかに笑った。



「高坂、俺はお前の友達じゃない。ただのクラスメイトで同じ班の腐れ縁だ」

「すっげえひでえ」



 亮介くんと高坂くんのやり取りを聞いていたクラスの子たちから笑い声があがる。



 私はそんななか、ちょっと変なドキドキがしていた。

(……亮介くん、誰かにチョコをあげるつもりなんだ)

 そう思ったら胸の奥にトゲが刺さったみたいに、チクチクと痛かった。




         ♡♡♡



 放課後、突然後ろから声をかけられて、跳び上がるほどびっくりした。



「なあ、佐野」

「ひゃいっ?」



 だって、その相手は亮介くんだったからだ。



 私は自分の教室を掃き掃除をしながら、給食の時間の亮介くんの言葉を何度も思い出して考えていたから、まさかのご本人登場によけいにびっくりしていた。



「佐野ってさ、チョコ作ったことある?」

「あるよ。私、弟が毎年欲しがるから、お母さんと一緒に作ってる。って得意げに言っちゃったけど、ごめん。簡単なものだけどね」



 パアッと亮介くんの顔に笑みが浮かんだ。

 私はその笑顔を見たら「どきっ」としちゃった。



「お願いがあるんだ。佐野、どうか俺にチョコ作りを教えてくださいっ!」

「えぇっ! やっぱり作るの?」

「ああ。作りたいんだ。バレンタインデーのチョコ。……出来たら、このことは内緒にして欲しい」

「うん、良いよ」



 チクリッ、チクリッ。

 胸の奥どころか、全身にショックのトゲが飛んで刺さったみたい。

 だけど、私は笑顔を作って、亮介くんに良いよってオッケーの返事をした。



 あのね、だって。亮介くんの力になりたかったから。

 私、チアリーディング部だし、頑張る人を応援するのが好きだもん。



「じゃあ、一回家に帰ったら俺んち来てくれる?」

「うんっ、分かった。あっ、でも私、亮介くんち知らないや」

「ああ、えっと、じゃあ一緒に帰ろう」



 亮介くんがさり気なく掃き掃除を手伝ってくれる。



「当番じゃないのに良いよ」

「これぐらいしないと。だって佐野に無理言ったから」

「無理なお願いでもないよ。私、亮介くんのお手伝いが出来るの嬉しいもん」

「えっ?」

「えっ?」



 亮介くんの顔が真っ赤に染まってた。その顔を見て、私も「えっ?」って言葉が勝手に出て返しちゃう。



「……ありがとう。佐野ってやっぱり良い奴だな。佐野にお願いして間違いなかった」

「ありがとうはまだ早いよ? チョコ作り成功させようね!」

「ああ、えっと。……そうだよな。ありがと」



 私の言葉に亮介くんは照れくさそうに笑った。

 こんな表情も見れて、私は嬉しくなって。

 そばの亮介くんに、ずっとどきどきしてた。





 掃除当番の子たちとバイバイして、廊下に出ると亮介くんがおもむろに口を開いた。



「今年のバレンタインデーのチョコさ、佐野は弟以外にあげるつもりなの?」

「えっ?」

「よく考えたら俺のチョコ作りに付き合っちゃうと、佐野がチョコを作る時間が無くなんない?」

「ああ、大丈夫大丈夫。今年はね、お父さんと弟の分といのりちゃんへの友チョコだけだから。お母さんも手伝ってくれるし、チョコプリンを作る予定なんだよ。材料はお母さんとこの前の日曜日に買って揃えたし。……そういや、亮介くんは材料は買ったの?」

「ああ、うん。母さんが用意してくれてる。俺のうち両親が二人とも歯医者で忙しいから、俺、一緒に住んでるじいちゃんばあちゃんと過ごすことが多かったんだ」

「そっかあ。私はおじいちゃんもおばあちゃんも遠い所に住んでるから、亮介くんが羨ましいな」



 亮介くんが少しさびしそうに笑った。

 どうしたんだろう?



 二人で下駄箱で上履きから靴に履き替える。

 私と亮介くんのスニーカー、偶然にも一緒のメーカーのものだった。

 そんなちょっとした偶然がなんだか嬉しいな。



「あれ? 佐野と俺のスニーカー、一緒だな」

「人気だよね、このメーカーの靴。これを履いたら早く走れるってCM見て欲しくなっちゃってね、誕生日に買ってもらったんだ」

「ああ、分かる! 俺もCM見て欲しくなってさ、去年の誕生日に買ってもらった」



 放課後の帰り道に、私は亮介くんと一緒に歩いていることが不思議だった。

 学校から、家は同じ方向じゃなかったから、初めてだった。



「亮介くんって誕生日いつ?」

「俺? ふっふっふっ、クリスマスイブだぞ。覚えてもらいやすいが、誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントは一緒で一つだけだしケーキも合わせて一つだから、なんか損した感じなんだよな」

「……」

「佐野?」

「……」

「どうした? そういや佐野は誕生日いつなの?」



 びっくりした。

 だって――!



「私も一緒だから!」

「はっ? えっと?」

「私も誕生日がクリスマスイブなの」



 クリスマスイブの誕生日なんて私も嫌だった。

 友達を呼んでお誕生日会をしたくても、どこのおうちも忙しいから、誘いづらくて。

 お父さんとお母さんは、弟が産まれるまではそれでも分けてお祝いしてくれていたけれど。私の誕生日とクリスマスはいつの間にか同じ扱いになっていた。

 クリスマスイブの私の誕生日とクリスマスの2日間のイベントは今ではもう全部いっしょになってるんだ。

 しかも弟が1月の誕生日だから、お父さんとお母さんが大変だろうし、私はそれでもお祝いしてくれるってだけでありがたいと思っている。



「へえ、クリスマスイブが誕生日って俺と同じ奴初めてだよ。うん、佐野と一緒で面白いな! はあー、俺も不満とかあったけど、佐野が同じ誕生日って聞いてなんか嬉しい。……ああ、そういや高坂んちはクリスマスはイベントやらないんだって。あいつんち、ほら数百年続く神社だから」

「高坂くんち、クリスマスやらないんだ」

「一応、違う神様同士だから気にするんじゃない? 高坂、クリスマスツリー飾ってプレセントもらってチキンとかケーキ食いたいって言ってたぞ」

「そっかあ。……みんな色々あるんだね。誰でも、誰かがうらやましかったりするのかな」

「だな。きっとみんな他の人が幸せそうに見えんのかも。だけど悩みがない奴なんていないんかもなあ」



 私は通学路を歩きながら、亮介くんとたくさんお話した。

 隣の席だけど、こんなにいっぱい色んなお話をしたのはこの日が最初だった。





                      ♡後編につづく♡